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for your 『名も無い花』
目を、開けた。
目の前に広がるのは、薄いミントグリーンの半透明のような花達。辺り一面を埋め尽くすそれは微かな風にゆらゆらと揺れていた。
美しく暖かいその光景は私の心を少しずつ溶かしていく。
この場所を、私は知っているような気がする。
懐かしいようなそんな気持ちに不思議な気分になる。ふと、座り込んでいた体を見下ろした。傷一つない肌。着ていた筈の制服は何処にも見当たらなくて。
汚れ一つない真っ白な、シフォンのようなワンピースを着た私がそこにいた。
……ここは、何処なんだろう。
知っているような気はしていても、記憶にはなくて、ここが何処なのか明確なことは何一つわからなかった。
……死んでしまったのだろうか。
望んでいた筈の事を、今更考えてしまえばやっぱり迷いが浮かぶ。本当にこれで良かったのかどうか。今更どうする事も出来ないのに。
人って、勝手だ。
そうして少しの間考えを巡らせていると、誰かの気配を感じた。
それを意識しだすと、誰かがこちらに近付いて来るのがわかる。その気配は決して嫌なものではなくて。
何故だが、絶対に会わなくてはならない人だと本能的に感じた。
目の前にやってきたその人物はとても美しい青年で、思わず息を呑んだ。
座り込む私に目線を合わせるようにしゃがみ込むと、穏やかで柔らかい微笑みを浮かべる。
その微笑みを見て、とても安心した気持ちになった。まるで迷子の子供が、探していた母親に会えた時のような、そんな感覚。
愛おしい者を見るようなその視線に、少し泣きそうになった。
青年は黙ったまま彼を見つめる私の目の前に、小さな鳥籠に入った、砂時計のようなペンダントを差し出した。
その砂時計の色が青年の瞳の色と似ていて。
辺り一面に咲くこの花達と同じ色合いのそれはとても暖かく美しい。
青年の、汚れない真っ白の髪が風に揺れる。
「エマ」
呼び掛けられたその声に、鼓膜が震えた。
優しく呼び掛ける青年は尚も私に微笑みかける。
「もう一度だけチャンスをあげる。探しておいで。自分の、本当のあるべき運命を」
青年はそう言って、私の首に差し出していたペンダントをかけた。
「愛するエマ」
徐々に瞼が閉じていく。
「自分を信じること、絶対に忘れないで」
青年のその言葉を最後に私の意識は、もう一度深い場所へと落ちて行った。
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