1人が本棚に入れています
本棚に追加
地下室の入り口を開けると階段が現れた。ポッカリと空いた穴からは微かに腐臭が吹き込んでくる。
「うっ……」
ケントは臭いに顔をしかめている。
ケントを背にして一歩一歩ゆっくりと階段を下ってゆく。階段はいりくんでいて、先が見えないが、進めば進むほど、臭いの元に近付いているのを感じる。そして近付けば近付くほど、室温も高くなっているようだった。
段差が無くなって少し進むと、先の腐臭を何倍にもした強烈な臭いが鼻腔に侵入した。強烈な吐き気を催して思わず目を閉じる。
「ああっ」
ケントの叫び声を聞いて目をあけた。そこで、初めて自分が部屋の中央に出ていることに気がついた。
「どうした?」
ケントに訪ねたが、ケントは懐中電灯で前を照らしたまま、その先を見て硬直している。
ケントの視線の先を見るとそこには大量の血のような染みが黒々と付着したベッドが照らされていた。
その脇にはドラマなどで目にしたことのあるメス、ハサミ、注射器など、ドラマの手術室でしか目にしたことがないようや道具が整列している。
一体ここは何なんだ……
懐中電灯で、回りを照らす。薬品瓶の陳列された戸棚、医学書や洋書の入った本棚などが壁際に置かれている。床には何かがパンパンに詰まった黒いゴミ袋が何個も捨てられていた。
壁に黒いひびが見える。
近くで寄ってみるとひびは綺麗な長方形の形をしていた。
ドアだ……
ドアを開ける。
懐中電灯が切れた。
もう少しだ。
手探りで通路を進んだ。ザラザラした壁を伝って前へ。
どんどん空気が重く、暑く、息苦しくなってあく。
前へ。
どのくらい進んだだろうか。息が切れて殆んど呼吸も儘ならなくなったところで
サラ……
毛のようなものを手につかんだ。何に触れたのだろうか。そう考える間も無く、
ガバッ
誰かに腕を捕まれた。
と、同時に正気にかえった。血液が失せてしまったような感覚が指先からビリビリと一瞬で広がる。
「……っ…あっ……」
叫び声を上げることも出来ずに、無茶苦茶に腕を振り回して力任せに振りほどこうとする。
腕がはなれた。
渾身の力で足を動かす。
サラサラと髪の毛に撫でられる感覚が腕を伝う。
目をぎゅっと瞑って走る。横隔膜がつっかえて息が吸えない。
ペタペタとすぐ後ろをつけてくる音が反響する。
何度も壁に衝突しながら、一心不乱に来た道を引き返した。
そこから先のことは何も覚えていない。気がついたらケントとファミレスに座っていた。
「お前がなにを見たのか知らないが、お前があの扉を開いたとき、おれは見たんだ」
長い沈黙の後、ケントが漸く口を開いた。
「あの部屋の中には無数の傷痕があったんだ。部屋の壁を引っ掻き続けたあとが。爪が剥がれてもなお、引っ掻き続けてできた五本の黒い線が」
最初のコメントを投稿しよう!