トランプのプロポーズ

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「1年後に実際に会ってトランプをしよう。 その時におそらく僕は君にプロポーズするだろう」 これは1年間文通を続けるという約束の時だった。互いに一ヶ月に2通、手紙を書く。 まず第1週目は彼から手紙をもらう、その返事として第2週目は私から彼に手紙を書く。一か月に合計4通手紙をやりとりすることになる。 手紙を書くときには1枚トランプを入れる。トランプ4種各13枚の計52枚。1年間続ければ52枚揃う仕組みだ。 トランプを入れる時には、相手に興味を持ち続けることを示す時だけに入れる。つまりカードがなかったら相手が自分との関係を終わらせたいという印になる。 太田佳祐と白百合エリはいわゆる出会い系、マッチングアプリで出会った。なんでもAIとやらが 私たちの相性がいいと引き合わせた。 数あるマッチングサービスの中でも学歴や外見、年齢、職業などに影響されず、内面の相性を重視するということを売りにしているサービスだった。 当然、佳祐とエリは一度も会った事がない。 佳祐の「1年後にトランプ」という提案にエリは賛成した。 アプリという現代の道具で知り合ったゆえ、真逆の古典的な手段である手紙に惹かれたからだ。 早速佳祐はトランプを買いに行って、半分をエリに送った。 それから「1年後にトランプ」計画は始まった。 佳祐とエリは順調に手紙のやり取りが進んでいた。 「僕は次男で年齢が離れた兄がいる。兄は野球少年で僕にも丁寧に教えてくれたけど、内向的で僕は将棋が好きだった。兄は小学校の頃からモテていたけど将棋少年は女子とは縁がなかった」 佳祐はそう書いてトランプを1枚入れて送った。エリはスポーツ万能で今でも体を動かすことが好きだ。ただ集団スポーツは苦手で、スポーツはなるべく一人でしたい。だからたとえ佳祐がスポーツができなかったとしても苦にならない。 「私は小学校のころ、運動神経抜群でクラスの男子の半数が私に恋をしていた。けれども中学になってから女子に『空気が読めない人』だと煙たがられるようになり、男子も私の話をしなくなった。そして私は存在感がなくなり影が薄い人になった」 とエリはいつものようにトランプを1枚入れて返信した。 エリは中学でいじめにあっていた。そのことを佳祐が受け入れてくれるのか不安だった。 けれども1週間後には佳祐からトランプ入りの手紙が届いた。 「『影が薄い人』とは、昔の日本なら『奥ゆかしい』という美徳なったのではないかな。僕は運動神経抜群で『奥ゆかしい』人は魅力に感じる」 それからエリは躊躇なく自分のことをさらけ出す手紙を送るようになった。佳祐からはいつもトランプ入りの手紙が届いた。 メールに慣れていたエリは1週間後に返事がくることに最初は不安だったけれども、その分手紙が愛おしい存在になっていった。同時に佳祐もかけがえのない人になっていった。 あと1ヶ月でトランプをする日になった時、エリは急に怖くなった。 ーもし私の手紙の内容が気に入らなかったら、トランプなしの手紙が来るだろう。 もしくは手紙すら来ないだろう。 そこでエリは障りない内容を書くことに決めた。 「佳祐は食べ物で何が嫌い?食べ物で嫌いなものはないけれど、茹ですぎブロッコリーと茹ですぎパスタは嫌い」 初めて佳祐からの手紙が届かなかった。いつも1週間以内には返事が届く。けれども2週間経っても届かなかった。 エリは思い詰めた。 何がいけなかったのかーー今でも「茹ですぎ」手紙を後悔して、しばらくはブロッコリーとパスタが食べられなかった。 3ヶ月後、一通の手紙が届いた。 名前は太田祐介だった。 「日曜日に六本木にあるレストラン「アペリティーヴォ」でお待ちしています」 太田祐介…「そうか!」と思った。 野球少年であった年齢が離れた兄からの手紙だと確信した。 なぜ佳祐ではなく兄から手紙が届くのかーー兄にアプリに登録していることや手紙のことがバレて怒られたのだろう。 そもそもエリは佳祐の年齢も知らない。 たとえば年齢が離れた兄が25歳で、佳祐が高校生だった可能性も否定できない。 日曜日、佳祐からもらったものと残りのトランプを持って、エリはアペリティーヴォに向かった。 太田祐介は意外にも40〜45歳の中年で、お世辞にもカッコ良いとは言えないけれども、礼儀礼儀正しく迎えてくれた。 祐介は余計な挨拶を省いて本題から切り出した。 「この度はご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございませんでした。彼の部屋を整理していたらあなたと文通をしていた事がわかりました」 エリは祐介が全て手紙を読んだのだなと分かって赤面した。 祐介は言いにくいことを言わなければならないような表情で 「実は私の父は3ヶ月前亡くなりました。ガンをを患っていまして。それでバタバタしてしまいまして」 と説明した。 エリは佳祐が返事をくれなかったのはお父さんがなくなったからだったのだ、と思うと不謹慎でもホッとしてしまった。 祐介はエリの表情が明るいことを不思議に思っていたが続けて言った。 「それで父のものを整理していたら1枚の書きかけの手紙がありまして。 『六本木にあるレストラン「アペリティーヴォ」にお連れします。ここのパスタは理想的なアル・デンテ。ブロッコリーとベーコンのパスタがオススメです。ブロッコリーはもちろん茹ですぎではないから』 と書かれていました。父は遺言などを残していなかったので、せめて父が最後に残したメッセージを叶えてあげようと、エリさんをお誘いしました」 …父? ちょっと待って…。 祐介の父は佳祐? エリの頭の中は真っ白になり混乱した。 つまり佳祐は息子がいて、その息子が今目の前にいる祐介? 祐介の父は3ヶ月前に亡くなった…つまり佳祐はこの世にもういないーー 「私の母は10年前に他界しました。父は1年前にガンであること、また余命が半年だということを私に伝えました。死ぬ前に何かやり遂げたかったのでしょう。半年以上生き延びたのはエリさんのおかげです。ただあなたのような若い方を巻き添えにしてしまい申し訳ない」 と祐介は父に代わりエリに謝った。 エリは黙り続けた。 祐介はエリの頭の中の混乱を読むように「父がオススメだと言っていたブロッコリーとベーコンのパスタを食べてみましょうか」と2人前オーダーした。 パスタは大人の味がした。
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