次の世界へ

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   薄暗い映画館内は、平日の月曜日の所為か、半分以上の空席が目立っていて、殺伐とした寂寥感の中、最前列に光輝が一人だけポツンと座っていた。  後方は、ガランとした空席が遠くまで続き、薄暗い空間の果てのドアの向こうには、光の世界が在るかも知れないと思った。    映画館内の座席は全て自由席だった。いつもなら、スクリーンに向かって 真ん中の右寄りの席が空いていたら座る事にしているのに、此の日は迷わず 最前列の真ん中の席に座った。今日は何故か大好きな銀幕の巨大なスクリーンの光の空間に、自分だけが吸い込まれて行きたい気分だった。だけど光輝は、此の映画「夢売るふたり」に関して、主演が、松たか子と阿部サダヲ、ということ以外は全く予備知識は無かった。  光輝は淡く光る空気の中、映画館の壁を見詰めた、細い茶色の板が幾つも並び、天井に向かい真直ぐに伸びている。巨大スクリーンの脇の壁に、半透明 のセルロイドの箱体から、非常口、トイレ、という文字に赤と緑の優しい間接照明の光が灯っている。天井には(へこ)んだ窪みが並び、オレンジ色の穏やかな光が滲んでいる。光輝は此れ等の映画館内の空間を見詰めた時、いつも懐かしさと安らぎが漂ってくる。  映画好きの光輝は、自分の観た映画の殆んどを良い映画だった思っている。 それでも其の良いと思った映画の中でも、更なる優劣を勝手に付けている、 其の区分に依って、自殺への光への空間に向かう、お土産の映画を選び出していた。    「夢売るふたり」の画面に直ぐに引き込まれた。出来の良い映画だと思って、スクリーンの中に溶け込んで行ったつもりだったが、途中から様子が変わって行く。タイトルの「夢売る」という言葉を、映画の中のストーリから、自分自身の過去のストーリに照らし始めてしまった。    夢を売る …… 光輝は、今まで自分には、売るような夢を抱いたことが 一度だって在っただろうか?映画の光の中で考えてしまった。
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