「その日私は出会った」/「お邪魔虫」出くわし確率方程式

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「その日私は出会った」/「お邪魔虫」出くわし確率方程式

 新しい彼氏と待望の初デート。人生を変えるかもしれない大事な日。クリティカルにしてフェイトフルなその瞬間に、絶対に会いたくない奴に会ってしまう。そんな経験はないだろうか?   言い方を変えると、とんでもない「お邪魔虫」に出くわす経験。私には、ある。というか、そんなこと続きの人生だった。  高校の三年間、なぜあんな奴と付き合ったのか世界の七不思議に数えたいほど「しょーもない」同級生と腐れ縁交際していた。母がよく歌ってた昔の歌謡曲みたいに「あたしの人生、暗かった♬」。  奴とは別の大学に合格した時、思った。「これで人生の厄を、すべて落とした。この先には、幸せしかない」    幸福への切符はすぐ舞い込んできた。サークルの女子一同が憧れている先輩からデートに誘われたのだ。海辺の素敵なカフェ。夕焼け空を染める鮮やかな色のグラデーション。甘く、刺激的なカクテル。やった! 輝け、私の青春!  その時、後ろで聞き覚えのある声がした。 「おっ、啓子じゃん。隣は、彼氏?」 テーブルを回り込み先輩をのぞきこんだのは、落としてきたはずの厄、高校時代の元カレだ。 「お前、趣味悪くなったなぁ~。行った大学がワルかったんじゃね」 先輩の額の血管がぴくっと震える。 「俺、前からセンス良かったじゃん。大学に入ってますます磨かれて、どう、見て、俺の彼女」  私と先輩がその女性を振り返った時、先輩が思わず立ち上がった。彼の視界には、モデル顔負けの、その美人しかなかった。  後の見当はつくと思う。先輩が私を捨て、元カレの彼女が元カレを捨て、 華麗なる美男・美女カップルが誕生。 「よりを戻そうぜ」と言い寄ってきた元カレに私がしたことを書くと、読者の感情移入を妨げる恐れがあるので、差し控える。  その後も、似たようなことが続いた。    バイト先のいかした後輩と焼き肉を食べに行った。そこで、私は、なんと、実家近くの焼き肉好きのおっちゃんと出くわした。ガキのころ、よく一緒に焼き肉を食った仲だ。 「ここの焼き肉、一度食いたい思うとってん。ほんで、ついに、新幹線に乗って来てしもうた」 ――来んでええがな、おっちゃん!  おっちゃんは焼き肉と酒の勢いで、私のガキの頃のありとあらゆる恥ずかしい話を披露してくれた。私の恋は、またもついえた。    見合いをした。母に勝手にセットされ断れなかったのだが、相手と会ったとたん、断らんでよかったと思った。サークルの先輩より、バイト先の後輩より、ずっと魅力的だった。  小洒落たレストランで話が盛り上がっていた時、 「小堺君じゃないか」  と呼びかけられた。えっ、誰? 中学時代に通っていた私塾の堰分先生だと気づくのに、だいぶ時間がかかった。  先生は、私の見合い相手に向かって熱弁をふるい始めた。 「この子は、ほんま、数学の天才ですわ。あの頃、牛乳瓶の底みたいな分厚いメガネをかけて、他の生徒とは口もきかんで大学受験レベルの数学の問題を黙々と解いとった。すごい思うたわ。そやけど、こんな『数学オタク』が嫁に行けるやろうかと、心配もしとったんですわ」 ――先生、私を応援してるつもりか? 完全に逆効果だろう。  堰分先生は、そこで、私に顔を向ける。 「啓子ちゃん、良かったなぁ~、こない素敵な男性に拾うてもらえて。先生、嬉しいよ」 ――拾ってもろうた? 私は捨て猫か?  先生は、また見合い相手に顔を向け、姿勢を正す。 「ふつつかな教え子ですが、よろしゅう頼みます」 ――なんで、親でもないあんたが「ふつつか」などと言うんだ!なんで、あんたが頼むんだ!  数日後、お仲人さんから、彼からの断りの返事を聞かされた。  私は、堰文先生を恨んだ。「数学オタク」だった過去の自分を恨んだ。そして、数学を憎んだ。数学なんてものがこの世になければ、私は、今頃あの素敵なお見合い相手に寄り添っていたかもしれない。    だが、私はよりによって、数学科の大学院生だった。数学を憎んでしまったら、私の存在意義が消える。  そこで、私は決意した。得意の数学を使って「『お邪魔虫』に出くわさない方法」を見つけてやる。  私は、ニューロコンピューターと量子コンピューターのハイブリッドコンピューターを作り、そこにG20 各国から取り寄せた男女の出会いと「お邪魔虫」のデータをどんどん投入した。  データから、どれだけ多くの男女が得られたはずの幸せを「お邪魔虫」のせいで得そこなったかを知り、私の胸は張り裂けそうだった。    私はこの研究に10年間を費やした。そして、ついに、ひとつの法則を発見した。 《「お邪魔虫」出現の法則》  出会いへの期待が大きくなるのに比例して、「お邪魔虫」」と出くわす確率が高くなる。  この法則を基に、私は「お邪魔虫」と出くわす確率を算出する方程式を導き出した。期待の大きさは、私が考案した115の指標を用いて客観的に測定できる。この期待の大きさを方程式に代入すれば、「お邪魔虫」と出くわす確率を確定することができるのだ。  私は、この方程式を《「お邪魔虫」出くわし確率方程式》と名づけ、有力な数学専門誌に発表した。数学のノーベル賞と言われるフィールズ賞を私が受賞する日も、そう遠くはないだろう。  えっ、それで大事な日に「お邪魔虫」と出会わずにすむ方法はわかったのかって?  《「お邪魔虫」出現の法則》を見れば、答えはおのずと明らかだ。「出会いに期待しない」――それに尽きる。  お目当ての相手との初デート? これが次に続くなどと期待しない。「これっきり・それっきり」で終わる覚悟で臨む。  見合い? 「どうせ断られる」と思って出かける。  今日、私は教え子の男子と食事をする。有名なシンクタンクへの就職に成功した教え子が、私の指導の御礼にご馳走してくれると言うのだ。   だが、私は、彼におごってもらえること以外は、何も期待しない。    今日、彼と私は、数学の話しかしない。私的な話はゼロ。  これは、今回限りの出会い。私は、この先、二度と彼に会わない。  いや、おごってもらうことも期待しない方がいい。彼がクレジットカードを忘れてくるかもしれない。私は、自分の財布にクレジットカードとそれなりの現金が入っているのを確かめる。大丈夫、万一の時は、私が払えばよい。  私は、そろそろ出かけなければならない。みなさんが大切な出会いに対して期待を持たないことで「お邪魔虫」と出くわす確率を最小にすることを、願ってやまない。                              〈おわり〉
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