さようなら

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僕を見ていない、見えない母の事など頭にもなかった。 おばちゃんと乗り換えを何度もして、小さなアパートに着いた。 おばちゃんは朝早くから仕事に行くけど、仕事先が歩いて10分程の場所なのでお昼は帰って来てご飯を作ってくれて二人で食べた。 夕食も作ってくれてお腹いっぱい食べれて、追い出される事もなかった。 ただ、部屋を出る事は禁止された。 それはあの二人のものとは違い、僕を抱きしめて泣きながらの懇願だった。 「ごめんね?拓人っていう名前も…忘れて?バレたらまた戻されてしまうから…。新しい名前を考えよう。病気だから部屋から出られないって話してあるからね?」 僕は納得して頷く。 「海が見えるね……カイにしようか?う〜ん……海人(かいと)、どう?」 「うん!かいちゃんだね?お母さん!」 お母さんは僕を抱きしめた。 優しく暖かく、良い匂いがした。 そんな生活が3年続いて、それは突然に終わりを迎えた。 警察が来て、お母さんと引き離されて、実の母に会わされたが、僕は全てを話した。 逃げた事、今の母は悪くないことを懸命に説明したが、20歳、僕が成人するまで接触禁止命令が出されたと聞いた。 母は……誘拐犯として捕まった。 僕は自ら実の母と縁を切り、児童養護施設に行く事が決まった。 あのアパートで別れてから一度も母に会えないまま…。 車に乗る寸前、婦警さんからそっと渡されたのがこの「手紙」だった。 手紙とも言えないほど、破かれたノートに書かれた三行の文字。 だけどそれは間違いなく、僕の母の字だった。 それからの僕にはこの「手紙」が何よりの支えだった。 いつか会える。 頑張っていたら、母に会える。
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