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序幕.英雄が容疑者を追い詰める
院長は全力疾走した。
「わ、私は……やっていない! 私は無実だ! 私は……!」
孤児院の職員室である。
訪問した警察に逮捕状を突き付けられた院長は、踵を返すや逃走したのだ。
周囲の従業員たちを押しやり、掻き分け、引き戸を勢い良く開け放つ。
禿頭の混じった、骨と皮だけの枯れた矮躯だ。走るにも足腰は頼りなく、まとった背広も運動には適さない。それでも彼は駆け抜けた。
「無実なら、なぜ逃げる!?」
逮捕状を掲げ持つ捜査主任が、院長の背後へ胴間声を投げ付けた。
警察は徒党を組んでいる。廊下の向こうには私服警官が何名か待ち構えていた。
「私が否認しても……信じてもらえそうにない!」
院長は顔を巡らすも、この包囲網では外へ出られる経路など見当たらない。
差し歯だらけの切歯扼腕を繰り返し、やむを得ず建物の上階に退路を取った。
孤児院は子供たちの暮らす寮やレクリエーションルームなどを含め、四階分の高さがある。警察に追われて階段を上るごとに、みるみる体力が削られた。
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