第二幕.英雄の新旧

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第二幕.英雄の新旧

   1.  某日、資産家の娘が捜索願を提出された。  徳憲(とくのり)忠志(ただし)警部補がそれを知ったのは、事件が全て終わったあとだ。  日本では日々、行方不明となった老若男女の捜索願が警察へ提出されているものの、実際に捜索する公僕はほぼ居ない。失踪者の名簿に記載されるだけである。  人探しに時間を割く余裕など、残念ながら今の警察組織は持ち合わせていないのだ。  資産家だろうと何だろうと、よほど政治的な圧力が強くなければ、警察は動かない。  ――娘の名は、怏坂(おうさか)慧子(けいこ)と言った。  現在二四歳。職業は大学院生。  とはいえ学籍は名ばかり、親の財産で遊び(ほう)けているという。将来の結婚相手を求めて高学歴の学び舎に居座っているだけ、という噂もまことしやかに流れている。  だから行方不明と言っても、お小遣いで旅行しているだけではないか、男を作って外泊しているだけではないか……と白眼視されるのも当然だった。  事態が急変したのは、本人が東京郊外にある実ヶ丘(みのりがおか)市内の交番へ出頭したときだ。  市の外れ、自然が残された市街化調整区域の山奥に、彼女は誘拐されたというのだ。  山中は昼なお暗き森で、たまにハイキングやキャンプ客が足を踏み入れる程度である。
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