序章

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 土地勘のない場所で好奇心を全開にしてしまったのが多分よくなかったのだろう。空に上がる花火の色の仕組みや、屋台のホットプレートが熱くなる理由なんかを考えながらあちこち走り回っているうちに途中で祖父とはぐれてしまい、僕は混雑時の東京駅のような人ごみの中に取り残されてしまった。  道の脇に設置された木製のベンチの上で、膝をかかえて泣きじゃくる一人の女の子を見つけたのはそのときだった。声をかけると彼女はゆったりと顔をあげ、泣きはらした目で僕を見た。 「泣いてるの?」 「べ、べつに泣いてないよ」  彼女は慌てて涙を手の甲でぬぐうなり、その薄い唇をきゅっと結んだ。  当時の僕と同年代くらいの少女だった。異様にぱっちりした二つの目がこっちを警戒的に見ている。焼きたてのパンのようにぷっくりとした頬が涙で濡れていた。お人形さんみたいな綺麗でつるりとした鼻先も真っ赤になっている。  彼女が着ているのは白と紺のしましま柄の浴衣で、ところどころ藍色の椿のような花が咲いている。片手にぶらさげているのは金魚柄の巾着だ。この夏休みを使って遊び倒しているのか、袖からのぞく腕や首はこんがりと健康的な小麦色に染まっている。ちっちゃい三つ編みが、両耳の下の辺りから重力に逆らってフックのようなカーブを描いていた。  僕は言った。 「迷子?」 「ち、ちがうもん」 「いっしょだ」 「いっしょ?」 「僕もおじいちゃんとはぐれちゃって」  彼女は品定めするように僕をまじまじと見つめる。そして僕の右手へ視線を留めて、ぽつりと言う。 「ノート」 「ああ、これ? おじいちゃんが買ってくれたんだ。いつも持ち歩いているんだよ。気付いたときにすぐに記録できるだろ。僕の研究ノートだ」 「ねぇ、それ見せて」
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