序章

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「いいけど、よごさないでね」  彼女は、さっきまで悲しみに暮れていたその顔に好奇心の色を浮かべて、僕が書き溜めたふしぎノートをぱらぱらとめくっては、「ほぉ」とか「わぁ」とかしきりに感嘆の声をあげた。 「すごぉい。難しそうなことがたくさん書いてある」 「僕はいつか科学者になるんだ」  そのとき薄暗かったそこら一帯が一瞬だけまぶしく暖色に富み、ほんの数秒だけ遅れてどぉんと花火の重低音が響いた。やさしくて暖かい花火の光は、さっきまで不安で曇っていた彼女の顔が好奇心と感動に満ちていることを僕に教えた。自分の研究が認められたようで、嬉しくもあった。 「おもしろそうだね! ねぇ、あなたどこの学校?」 「僕、夏休みの間だけおじいちゃんの家に遊びに来ているんだ。僕の学校はずっと遠いところにある」  それからどういうわけか僕たちは、迷子というお互いの危機的状況を忘れて祭りの会場をいっしょに歩き回った。お互い、独りでいるより二人でいるほうが心強かったという心理的な要因もあったんだろう。祖父からもらったお小遣いを使い、一番効率的に金魚をゲットできる網の角度や、確実に商品をゲットできる射的の方法論などを研究して、考えたことをノートに書き込んだ。彼女も書きたがったので僕は後ろのほうの新しいページを彼女に譲った。 「なにを書けばいいと思う?」 「なんでもいいんだよ。いきなり研究って言っても難しいからね。不思議だなって思ったことや、調べたいなってことを書くだけでもいいんだよ」  かつて僕が祖父から授かったアドバイスをそのまま教えると、彼女は「からあげがおいしいわけ」とか「お店のたべものがスーパーよりも高いわけ」とかを丸っこい字で次々に書き並べていった。
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