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「食べ物のことばっかりだね」
「えへへ」
「でもこれも立派な研究テーマだと思うよ。この疑問を解消するような実験をたくさんすればいいんだ」
僕の指摘を受けた彼女は、きょろきょろ辺りを見渡して「ふしぎなこと」を探しては次々にノートに書き込んでいった。これまで孤独に研究を進めていた僕は、仲間ができたようでうれしい気持ちになった。
「ねえ、見てあれ」
つと、彼女がとある木の根元に放置されているダンボールを指さした。駆け寄って中をのぞくと、まだソフトボールほどの体積しかもたない小さな黒猫が悲哀に満ちた黄色の瞳をこちらに向けてくる。そして今にも消え入りそうなか細い声で鳴いた。「拾ってください」。ダンボールのふたの部分にマジックで書かれているのは、幼心にも分かる無責任な言葉だった。
「捨てられたのかな、かわいそう」
彼女はノートを広げると「どうしてネコがこんなにかわいいのか」と書き、さらに「ネコとおしゃべりができるようになるには」と書き加えた。
「なかなか突飛なことを思いつくものだね」
「ダメかな?」
「そんなことはないと思うよ。最初はみんな無理だと思うようなことから研究は始まるものなんだ。昔の人が、地球が動いているだなんて信じられなかったみたいにね」
「あなた、ちょっと難しいことを言うのね」
「そうかな?」
「それより、この子、どうしよう……放っておけないよ」
僕たちは催眠に陥ったようにかわいらしい仔猫の挙動にしばし見惚れたが、それも僅かな時間だけだった。背後から名前を呼ばれたのだ。振り返ると祭りの運営本部となっている白のテントの下で祖父が手を振っている。
彼女の手を引いて本部まで行くと、僕たちは数時間ぶりに自らの保護者と再会し、そしてそれぞれ何かしらのお叱りを受けることとなった。彼女は保護者と思しき男性にすごい剣幕で怒鳴られた上にひっぱたかれ、真っ赤に腫れたほほをさすりながらせっかくひっこめた涙をぼろぼろこぼすのだった。いつも寛大で冷静な祖父も、そのときばかりは渋い顔を作って僕を少しばかり威圧した。
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