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(えっ。これって、ラブレターだ……)
とある日の放課後。中学3年生の少女・橋田遥は、下駄箱の中で手紙を見つけた。
清潔な印象を受ける、白い綺麗な封筒。そしてその隅にある、丁寧に書かれた差し出し人の名前。ソレは間違いなく、遥が思った通りのものだった。
(こ、こんなの初めて……! しかもこれ、飯島隆介くんからのラブレターだ……!!)
飯島隆介は同じクラスにいる、学校1の人気者。いつもクールでカッコいい、もちろん遥も密かに想いを寄せているクラスメイトだ。
そんな片思い中の相手が『橋田さんへ』とある手紙を入れていたのだから、遥は大喜び。目にも止まらぬ速さでラブレターを回収すると一階の女子トイレに駆け込み、震える手で手紙を開いた。
(えっと……。えっと……っっ。『実はずっと、あなたのことが好きでした』っっっ!? うそっ! これって夢っっ!? ううんつねってみたら痛かったから夢じゃないんだっっっ!!)
一番上の段にある文字を読んだ瞬間、遥は跳び上がって大興奮。頬っぺたを抓って喜び。もう一度読み返して喜び。遥にとって世界で一番の幸せを、何度も何度も噛み締めた。
しかし――。
そのすぐ後、彼女にとてつもない不幸が訪れてしまう。
(もしOKだったら、午後5時に体育館の裏に来てくださいかぁ。当然OKで、絶対に行きます――あれ? 最後の文字、『橋田恵さんへ』ってなってる)
橋田恵は同じくクラスにいる、学校で1番人気のある女子。顔も性格も良い、遥も密かに目標にしているクラスメイトだった。
(え……。もしかして飯島くん、下駄箱を間違えた……?)
そう。飯島隆介は緊張のあまり、開ける下駄箱を一つ間違えてしまっていた。
遥と恵は苗字が同じなため隆介は入れ間違い、遥と恵は苗字が同じなため遥は勘違いをしていたのだ。
(そ、そっか……。飯島くんが好きなのは恵ちゃんで、私は早とちりしちゃってたんだね……。そっか………………)
たまらず遥は崩れ落ち、ガックリと項垂れる。
下はトイレの床なのだが、そこを気にしている余裕なんてない。遥は大きな大きなため息を吐き、ちょっぴり涙が出てきてしまう。そして暫く泣いたあとは悲しみが怒りに変わり、遥は個室で怒りを撒き散らし始めた。
「早とちりした私も悪いけど、一番悪いのは飯島くんだよねっ!? なんで手紙なんかで想いを伝えてるのっ!? ラ○ンとかメールとかDMとか、他にも色んな方法があるのになんで手紙っ!? 周りに便利なものが沢山あるんだから便利なものを使おうよ!!」
手紙という手段を用いたから、この悲劇は起きてしまった。黒歴史になり兼ねない糠喜びをしてしまった。
そのため遥の怒りは簡単に収まらず、彼女が落ち着いたのは五分もあとだった。
「はぁ、はぁ、はぁ……。いつまでも怒ってたって、しょうがないもんね。怒るのはここまでにして、ラブレターを戻しに行こう」
ここにある手紙は、橋田恵に送られるはずだったもの。いつまでも遥が持っていてはいけない。
(早くしないと恵ちゃんが帰って、今日の5時に間に合わなくなっちゃう。『駄目なら素直に諦めます』って書いてるから、急いで――…………)
文字を確認していた遥の動きが、不意に止まる。
(……飯島くんは恵ちゃんが5時に来なかったら、諦める。だったらこれを私が持ってたら、フラれたと勘違いして……。私にも、チャンスができる……)
幸か不幸か、遥はソレに気付いてしまった。大好きな人と結ばれるチャンスが残っていると気付いてしまったから、恋する少女は戸惑い始める。
(……こういうのは、いけないこと。いけないこと、だけど……。悪いのは、間違えた飯島くん)
遥は自分に言い聞かせるように、心の中で呟く。
(飯島くんがちゃんと確認をしてたら、この手紙は恵ちゃんに届いてた。やっぱり悪いのは、飯島くん)
もう一度。自分に言い聞かせるように、心の中で呟く。
(うん、そうだよね。悪いのは、飯島くん。それに私はそのせいでショックを受けた、被害者なんだもん。その罰として、黙っていても悪くはない)
何回も言い聞かせて納得させた遥は、大きく首肯。当然の権利として、ラブレターを戻さないように決めた。
(私も悲しんだんだから、飯島くんが悲しむのはお相子。この手紙は、ここで破って捨てちゃおう)
もしも見つかってしまうと、何かと都合が悪い。そこで遥は、真後ろにある洋式トイレに流すことにした。
(…………飯島くんが、悪いんだもんね。遠慮なく、やらせてもらいます)
遥は心に残っていた罪悪感を追い出し、回れ右。ゆっくりとトイレの蓋を開けて、手紙を両手で持った。
(飯島くん、手紙は行き先が違ってたら届かないんだよ。どんなに心を込めて書いてもね、違ってたらこんな風になって――…………)
一枚の紙を二枚に裂こうとしていた手が、止まる。
(……この手紙には……。ここにある文字には、気持ちが込められてる……)
自分で思っていて、気が付いた。
ペンで書かれている文字は、時々若干震えていたり字が濃くなったりしている。全ての字に、書いた者の――飯島隆介の、橋田恵に対する気持ちが乗っている。
(いつもクールで落ち着いている飯島くんが、こんなになるなんて……。すっごく恵ちゃんのことが好きで、いい返事をもらえるか緊張してたんだね……)
きっと、下駄箱を間違えたのだってそのせい。普段の飯島くんなら、そんなミスは犯していない。
手紙にある文字を眺めていると、そんなことにも気が付いた。
(私も恋をしてるから、そういう気持ちはよく分かる。…………そんな状態の人の間違いを責めるのは、駄目、だよね)
遥は手紙から右手を放し、その手で自分の頭をコツン。ワザと強めに叩き、酷いことを考えていた自分をお仕置きした。
「やっぱり、人の恋を邪魔しちゃいけない。手紙を戻そう」
破ろうとしていた手紙を封筒に入れ、丁寧に閉じる。そうして遥はトイレを飛び出し、駆け足で下駄箱に戻った。
(飯島くん。恵ちゃんの下駄箱はここじゃなくて、こっちだよ)
周りに誰も人がいないことを確認して手紙を押し込み、そっと閉める。それから遥は――やっぱり悔しいし辛いから出てきてしまった涙を拭い、胸の前で両手を合わせた。
「恋愛の神様、どうかお願いします。飯島くんの恋が上手くいきますように」
好きな人の幸せを心から願い、遥は静かに回れ右。今度は爽やかな表情で身体の向きを変え、学校をあとにしたのだった――。
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