天女とおじいさん

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 「1981年、同じく7月。俺は60歳となった。二十年間以上、ずっと頭がおかしいと思われてきた。そして会いたいとずっと思っていた。体の機能はだんだんと落ちていく。生きている間に会ってもらいたいと思っている。山登りするのも苦労するようになってしまった。しかし、それの甲斐がある。俺は微かに天女の顔が見えた。その清潔で微笑む顔。ぽたりと上から落ちてくる紅の桃の花に一瞬にして癒されていた。天女に頰が触れられた。手が柔らかくて暖かい。目を閉じてしまったら、いつの間にか天女は花とともに消えてしまった。「今度こそ姿を現す。80歳になったら。」という一言が神社の中で響いた。後20年しかない。」  日記はここまでだった。日記を閉じて外を出ようとすると、おじいさんが顔を垂らして、(あん)(たん)として無表情のままだ。  「おじいさん?」  と呼んでいても、返事がない。  「何かありました?」  とおじいさんの腕を揺らして聞いても、無言だ。おじいさんは()()に腰を据えて、顔を上げようとしない。  「老死か。」  とおじいさんは独り言を言ってため息を吐く。
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