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ベネチアの変人
2019年11月12日、ベネチアには過去50年間で最も深刻な被害が襲われた。豪雨の後、高潮で水位は187センチにまで到達した。187センチというのはどういう高さというと、人が地面に立つことで、水位は人の膝をも超える程度だ。水の都と呼ばれたベネチアは一瞬にして水没の都に変わった。
サンマルコ広場にも浸水し、遠くから見れば、まるで幅広いプールだ。しかし人々は簡易な架け橋を作り、沈黙しながらそのプールを超えて向かうべき場所へ進むことになっている。
サンマルコ広場から少し離れたところに、小さな通路があった。そこにある高齢者の男性の背中が見える。足を水に浸って、水桶を持ち、通路の水を川に捨て続けている。川の水嵩も通路の高さに超えているので、高齢者のやることは所詮、無駄に違いない。さらに傘を持ちながら歩いてくる人々もみっともなく、つまらないことと言わんばかりに、ちらりと高齢者を見て、顔を真正面にねじり回してこの通路、高齢者を通り過ぎていく。
誰もがそうだった。中に一番蔑みを示したのは、男性がおんぶした六、七歳のような男の子だった。高齢者を通り過ぎてほんの少しの距離が取れたら、男の子は一度後ろを見返って、顔を戻したらすぐに男性の肩を軽く叩き、口を男性の耳に寄せ始めた。
「パパ、あのおじいさん、変だね。」
と片手で口を覆って、頬っぺたの肉を上げて小さな声で言った。
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