天女とおじいさん

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天女とおじいさん

 「また今度じゃな〜」  振り向いてみれば、手を振っているおじいさんは声を届ける。  「あのおじいさんは変なのよ!いつも近づいちゃダメだよ。」  どれだけの嫌がりが塗っている僕の顔を母は見ようともせず、無理やりに僕の手を引きずって家へ連れ戻している。  おじいさんは狂っている、と里のみんなが言っていた。お嫁さんも持たなず、()(かい)に行ったら、いずれ家は空き巣となるに違いない。けれども、そんなおじいさんには願望があると自ら言っていた。それは、80歳を待つこと。  幸いなのは、その願望が叶えるときが来るそうだ。後一週間ほど、80歳になるとおじいさんに教えてもらった。おじいさんは長年にぴんぴんとしている。その握り締めた手の関節は常に音を鳴らすが、鳴らすたびに、おじいさんは「まるで音楽をでも奏でていたように聞こえた」と笑いながら言っていた。おじいさんの話もおもしろくて毎日聞きたいと思って、ほとんど毎日おじいさんの家を訪ねる。  とにかく僕から見れば、どうも79歳の老人には見えず、むしろ老人の(いつわ)った子どもに近い。  おじいさんは毎日「(てん)(じょ)、天女」という憧れの女性を望んでいて、僕が訪ねると必ず天女に関する話を言ってくれる。僕にとってこの貧しい里で唯一の趣味は、おそらくおじいさんの口からの天女の話だ。
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