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「咲、咲ってば」 肩を揺さぶられて、私は目を開いた。とたんに、周りの喧騒が耳に飛び込んでくる。私は教室の一番うしろ、机に突っ伏して眠っていた。窓からひらりと舞い込んできた桜の花びらが、地味な色の制服にくっついている。花弁を払い落として顔をあげると、幼馴染の純ちゃんがこっちを見下ろしていた。彼女とは幼稚園のときから一緒なのだけど、昔からおっとりしていて優しくて、とてもいい子だ。なんせ、十年以上も私の友達でいてくれるのだから。 「なによ、純ちゃん」 「呼んでるよ」 純ちゃんはそう言って廊下を指差す。つられてそっちを見ると、見知らぬ男の子が立っているのが見えた。目が合うと、かあっと赤くなった。誰よあいつ。 「きっと告白だよ。早く行ってあげなよ」 と純ちゃん。めんどくさいけど、ずっとあそこに立ってられるのもうっとおしい。 私はのろのろと立ち上がり、彼に近づいていった。教室を出て、緊張している様子の男子生徒の前に立つ。私より5センチくらい背が高くて、髪は短め。イケメンでもブサイクでもない、ごく普通の男子だ。私は至極迷惑そうな顔で「なに?」と尋ねた。 「あ、あの、こっちに……」 彼は私の腕を引いて歩き出した。ねえ、ちょっと。触んないでくれる? 私が連れて行かれたのは階段の踊り場だった。窓から差し込む光の中、チラチラと埃が舞うのが見える。私はもう一度「なに?」と言って男の子を見上げた。彼は5秒位かけて、「好きです」と告げた。まず名前を名乗ってほしいんだけど。そう思いながら尋ねる。 「話したことあったっけ?」 「いや、でも、体育とかで見かけて、可愛いなって思ってて」 こういうの、珍しくない。高校に入ってから、知らない人に告白されるのは5人目だ。 「ごめん、恋愛とか興味ないから、付き合えない」 そう言ったら、男の子が困った顔をした。思春期の女子はみんな恋愛に興味があるって思ってるんだろうか。話がそれだけなら、教室に帰って寝たいんだけど。春はいくら寝ても眠気が襲ってくるのだ。あくびをしかけたその時、校内放送が鳴り響いた。 1年2組、桜庭咲さん、至急資料室までおこしください……。 いつもなら面倒だなあって思うけど、今は助かった。 「呼ばれてるから、行くね。じゃっ」 「あ、桜庭さん!」 私は呼び止める男子を置いて歩き出した。一階まで降りていって、職員室の隣にある資料室に向かう。部屋にたどりついてガラリと戸を開けると、まだ誰も来ていなかった。人を呼びつけといてなんなんだろ。私は室内に入って、パイプ椅子に座る。この椅子、座り心地悪いし、動くたびにギイギイうるさくて嫌いなんだよね。資料室にはいわゆる赤本が並んでいて、圧迫感を感じる。早く将来を決めて勉強しろ。でないとお前を押しつぶしてやるぞって言ってるみたいだ。 将来とかどうでもいいんだけど。どうせ少子化で、頑張って働いても年金とかもらえなくて、死ぬまで働かないといけないんだってニュースで言ってた。なら頑張ったって無意味じゃん。いい大学に入ったって無駄だし、夢なんか持ってもどうしようもないじゃん。 大人たちは私みたいな子のことを、「さとり世代」って呼ぶらしい。悟ってたら学校なんて来ないと思うけどね。だって、こんなとこに来て言われたことやってたって、将来が安泰だなんて思えないもん。この時代に生まれたのって罰ゲームだよね。いっそ誰かが、私の将来を決めてくれたら良いのに。 にしても、なんで呼び出されたんだろ。進路調査票を出さなかったからか、実力テストの点が悪かったからか、それとも朝読書の感想文を書かなかったからだろうか。手持ち無沙汰でいたら、ガラッと扉が開いた。そっちに視線を向けると、私の大嫌いな学年主任が立っていた。
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