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お腹いっぱいで家に帰ったら、母さんの声が聞こえてきた。部屋にあがると、通話している後ろ姿が目に入る。
「だから、そんな暇ないのよ。ハル? 違う。あの子は咲よ……」
私がただいま、と声をかけると、母さんはハッとしてこちらを向いた。慌てて通話を切って、笑顔を浮かべる。
「おかえり、咲」
「電話、おばあちゃん?」
「うん。急に遊びに来いなんて言うの。咲は学校だし、私は仕事があるのに」
母さんは不服そうに言って手帳をめくる。私はソファに腰掛け、「ねえ」と声をかけた。
「おばあちゃんって、宗教やってたの?」
母さんは、手帳を捲る手を止めてこっちを見た。
「あんた、なんでそれ……」
「結城先生に聞いた」
「結城……?」
母さんはしばらく考えたあと、ハッとした。
「まさか、結城ミドリくん?」
先生が君付けで呼ばれてるなんて、なんか変。でも、ハルさんと同じ年なんだもんね。
「そう。現文の先生なの。色々聞いた。ハルさんのこととか」
「結城くんが教師に……元気にしてるのね。よかった」
母さんはほっと息を吐いた。それからきつい口調で言う。
「聞いたならわかるでしょう? おばあちゃんのせいでハルは死んだのよ」
「でも、16年前のことなんでしょ?」
「いつのことだろうと、許されないわ」
母さんはそう言って背を向けた。髪で隠れた母さんのうなじには、今でも太陽の入れ墨があるのだろう。
でも母さん。あなたもハルさんのそばにはいてあげなかったんでしょ? そう言ったら、きっと母さんを傷つけるだろう。母さんは私を育てるのに精一杯だった。それに、ハルさんを助けられなかったこと後悔してるに決まってるんだから。私だけでも、今度の休みにこっそり会いに行こう。
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