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翌日曜日、身支度をしていると母が声をかけてきた。
「咲、どこか行くの?」
「んー、ちょっとね」
「デート?」
「違うって」
本当は先生と外で会うのって駄目らしいから、黙っとこう。私は自転車でファミレスに向かった。店内は日曜日だけあって家族連れやお茶する人たちで混んでいた。店員のお姉さんに案内されて席へ向かう。
先生は窓際の席に座って本を読んでいた。何の本かはカバーがかけられているからわからない。先生の私服はジャケットとシャツ、それからスラックス。すごくおしゃれってわけじゃないけど、ダサくもない。目の前に座ると、先生が顔をあげた。
「ああ、桜庭」
「咲でいい」
「ドラマじゃないんだから、生徒を名前で呼んだりしないよ」
先生はそう言って苦笑した。確かに、おじさん先生に名前で呼ばれたらキモいけど。
「先生って、いくつ?」
「32歳」
「若いよね、うちの先生の中では」
「そうだな。若輩者だ」
「大知とかに命令されてムカつかない?」
「昔ならムカついてただろうな。でも、大知先生は生徒のことを考えてるんだ。俺よりずっと立派な先生だよ」
先生の答えって優等生すぎてつまんない。もっと不満とか愚痴とか言ってくれたら信用できるのに。そう思うってことは私、この人のことを信用したいって思ってるのかな。ウエイトレスが注文を取りにやってきたので、先生はコーヒーを頼んだ。私は紅茶とケーキのセット。先生は、運ばれてきたコーヒーにフレッシュを入れながら尋ねた。
「桜庭のお母さんって、ミユキさんって名前じゃないか?」
「え、なんで知ってるの?」
「たぶん、桜庭のお母さんと俺は知り合いなんだ」
それってどういう意味? 先生はテーブルごとに置いてあるアンケート用紙をひっくり返し、記入用のボールペンで「早瀬ハル」と字を書いた。その字を愛おしそうに見つめ、そっと撫でる。
「これは、桜庭に似てる女の子の名前だ」
ハルって、まさか……私のおばさん?
そして先生は話し始めた。ハルさんとの出会いを。
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