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幕間:少年王の咆哮
無骨な石造りの城の大広間で、男は影のように王に寄り添っていた。
王は強く聡明な少年で、男が唯一認めた王でもあった。
「――」
「ここに」
唯一無二の王の呼び声に、名を呼ばれた男は短く答える。軽く曲げた腰元には、シンプルでありながら一目で一級品だと分かる美しい紫紺の腰布がひらりと揺れた。
「――では、そのように」
男は姿勢を正すと、眼下に広がる広間に集った貴族や平民たちを見渡した。漆黒の瞳は、冷たく、鋭い。意思の強い瞳は、彼の王以外への服従を許さない。
「反撃の旗印に集いし民たちよ。伏して拝せよ。一二〇〇年の正統なる歴史の先端を往く我らが王の御言葉である」
広間に反響する言葉に倣い、人々は皆膝を折った。老若男女は関係なく。貧富の差も関係なく。そこにいる誰も彼もが顔を伏せ、耳を澄まし、ただ己が王の言葉だけを待った。
「これは俺がそなたらに初めて下す王命である」
王が王たる証の冠を小さな額に乗せ、少年王は立ち上がる。
その身に纏う絢爛な衣装は民の献身。
その壮健たる体躯は民の誉。
王とは民を供物とし、民の働きに応える者である。
功労者たる民を慈しみ、傲慢にも王命を下す者である。
「我が愛すべき民たちよ。欲と見栄に目がくらみ、不平等を不平等とも思わぬ愚者共に今こそ狼煙を上げる時だ。っ戦う時が来たのだ! 剣を取れ! 杖を取れ! 今こそ王国を真に滅ぼす愚王―――を討ち果たす時であるっっ!!」
揺れる。
空気が、城が、魂が揺れる。
偉大なる少年王の咆哮に、民が雄叫びを上げる。
そこに老若男女の差はなく。
貧富の差もない。
あるのは彼の王の下に集ったという同志の覚悟。
それだけだ。
同日、カシカナ大陸の内陸に位置する、とある王国で大規模な反乱が起きた。
首謀者はまだ齢十八の幼い少年。
しかし彼は圧倒的カリスマと天才的な手腕を持って数多の支持者を集めた。
王国の辺境の地にある名も無き城から始まった反乱軍の行進は、ひと月と経たぬうちに周辺地域を制圧。やがて王都にもその勢力を伸ばし、あっという間に彼らは王城の玉座へと至った。
強く聡明な少年は、この日、真に王として君臨したのである。
また、その王の名をアレクサンドル=ラ=トゥーリという。
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