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会社からの帰りに寄ってみると今日はお店が開いていた。幹ちゃんをちらっと見ると心なしか目が腫れぼったい。
いつも座るのは5人掛けのカウンターの奥から2番目。カウンター内の幹ちゃんの定位置の真ん前と決めている。目を♡にしてデレデレ見ている訳では無いので許して欲しい。
でも、たまに目が合うと営業スマイルを寄せてくれるのを幸せだと感じるのも許して欲しい。
わざとでは無いにしても、昨日泣いてた姿を盗み見てしまった後ろめたさで、流石の図々しい僕も幹ちゃんを真正面から見る勇気が出ずに、一個ずらして座った。一個しかずらさないところが十分図々しいけど。
「あれ、佐伯さん今日はそこなん?」
幹ちゃんが聞いてくれる。
気にしてくれた事が嬉しくて、
「ああ、間違えた」と間違えたふりして、いそいそといつもの席に戻る。もう一人の僕がきもっ!と吐き捨てる。ほっとけ。
いつものをと一つ頼む。マスターがにこっと笑ってくれて早速淹れ始めてくれる。
正直コーヒーについては全く分からないけれど、色々飲んでみて酸味が強いのが苦手だという事は分かった。勿論マスターが入れてくれるコーヒーは鮮度が高く変な酸味ではない。でも何となく苦手だと幹ちゃんに伝えるとマンデリンを勧めてくれた。
「苦味は大丈夫?だったらマンデリンがいいかな、とても良い香りだし酸味が少ないいからね」
インドネシアの高原地帯産で、マンデリンの中でも人の手で選別された高品質なものだと幹ちゃんが説明してくれた。
なんだっけ、何か強そうな必殺技みたいなそれでいて電池みたいな名前だ。え~っとそうそう、
『マンデリン・スーパーグレード・シボルガ』だ。
「華やかで濃厚な香りとコクのある苦味だよ、気に入ってくれると嬉しいんじゃけど」幹ちゃんがにっこりと笑ってくれる。
その香り、苦み、まさに僕好みだった。
ブレンドコーヒーに使うことが多いそうだ。世界の色んな国の豆を混ぜ合わせると大多数の人が好む間違いない味になる。
私はブレンドの中のマンデリンです。そうかそうなのかで世の中も廻って行けばいいのに。好きな人と手を繋ぐことさえ人目を気にする、いや、好きだと口にすることすら全人格を否定されるかもとおびえる。
人の世は色んな人が混ざってもブレンドコーヒーのようにハーモニーは奏でない。
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