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せっちゃんはそれからはまた、度々来てくれるようになった。長い里帰りに思うところはあったけれど、特に何も聞かずにいた。
せっちゃんにはブレンド、みっちゃんには、クリームソーダ。
2人が来ると店の中が明るくなった。母娘は仲良く向かい合って楽しそうにしていた。
みっちゃんが苺が好きだと聞いて、近所で売っていた苺の形のポシェットをつい買ってしまった。
「みっちゃんにこれ渡していい?」
せっちゃんにこっそりと聞くと
「本当に?わあ、ありがとう」
そう小声で返事をくれ、うんうんと頷きながら喜んでくれたので、
早速みっちゃんに差し出した。
目をまん丸にして苺のポシェットと僕と、せっちゃんとを何度も見た。
せっちゃんが良かったねと微笑むと、それを胸にひしと抱えて小さな声で
「ありがとう」と言ってくれた。
それからは、いつもそのポシェットを肩から斜めにかけてやってきた。
ポシェットから取り出した折り紙やあやとりをして遊んだ。
最初は強張っていた顔が、次第にほころんで笑顔を見せてくれるようになる頃には、僕はみっちゃんが可愛くて仕方なくなっていた。
その日、会計の時せっちゃんが暗い顔で僕に告げた。
「明日帰るの…… また暫く、ここのコーヒー飲めなくなるんよ」
「…そ、そう」
本当は僕はせっちゃんが離婚したんだと思い込んでいたので、恋心に火を灯してもいいかなと思い始めていた。
だからそれを聞いた瞬間その気持ちを大急ぎでバタバタと胸の奥に仕舞い込んだ。
「元気でね、またいらっしゃい」
せっちゃんの顔は見られなかったから、しゃがんでみっちゃんに言った。
すると驚いた事に、みっちゃんは僕の首に手を回してしがみ付いて来た。
みっちゃんは子どもにしては落ち着いた子でこれまで、店で騒ぐこともなければ、ましてや僕に抱きついて来る事など無かった。
そのみっちゃんが、しがみつきながら
「お兄ちゃんがお父さんだったら良かったのに」
小さな小さな声で呟いた。
せっちゃんが、
「みっちゃん…さあおいで」
そう言って抱きとり、父と僕に小さくお辞儀をして、ドアベルを鳴らして出て行った。
みっちゃんを渡す時触れたせっちゃんの指先は、とても冷たかった。
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