64人が本棚に入れています
本棚に追加
すぐに大事なったようで、せっちゃんの弟、孝治君からうちの父にSOSが来た。
話し合いの場を、この喫茶店に指定した。
「せっちゃんの旦那みたいな奴に限って外面を気にするもんだ、だから人目がいるんだ」
父が言った。
喫茶店で話し合いなんてと姑と旦那がぶちぶちと文句を言う中、離婚したいと伝えるせっちゃんの意思は固かった。
僕はコーヒーを出しながら見守るしかなかった。一度は子まで成したのにそんな酷い事をする奴の顔を見てみたかった。
鬼でも邪でもない普通の人間だった。だけど、やはり人でなしの顔つきだなと思った。
「そちらには男の子もいらっしゃるそうですね、姉が言う通り離婚して、そちらを籍に入れられれば丸く治ると思いますが」
離婚の何が嫌なのかと孝治君が問えば、
「今更離婚なんて外聞の悪い。籍なんてどうにでもなります」
姑に切り口上で言われた。
それでももう帰る気は無いと告げると
「強情だこと、どうせ美津子の本当の父親とでも話がついてるんでしょう」
そんな事をしれっと言ってのけた。
「うちからお金が取れると思っているのなら大間違いですよ、汚らしい」
姑がさも汚いものを見る目つきでせっちゃんを見た。ついに孝治君の堪忍袋の尾が切れた。姑の顔を見た孝治君が立ち上がり吠えた。
「黙れ!ばばあ!」
父と僕とが姑に殴りかかろうとする孝治君を止める。
「姉ちゃんをこんなにしておいて、よくも、よくも、そんな、そんな、美津子のことまでも!」
孝治君が立ち上がった時こそ慌てていたくせに自分には危害が及ばないと知るや、旦那はヘラヘラと孝治君が泣きながら叫ぶのを薄笑いで見ていた。僕も何か言ってやりたかったけれど、赤の他人が口を挟む事ではないとぐっと堪えていた。
父が、孝治君を落ち着かせながら、旦那と姑に言った。
「今日はここまでにしましょう」
すると姑が
「なんですか?他人に指図される覚えはありませんよ」
と気色ばむ。
父はそれには答えずに後ろを振り向いた。
1人の温和そうな男性が和かに近付いてきて
「今後はこちらのご家族に直接の接触はやめて頂きます、何かありましたらこちらにご連絡ください」
そう言って一枚の名刺を差し出した。
姑と旦那はその名刺を読む
「一ノ瀬弁護士事務所…一ノ瀬高良」
「はい、今後宜しくお願いします」
そう答えた一ノ瀬さんの笑顔は、ニッコリとしかし迫力のある笑顔だった。
最初のコメントを投稿しよう!