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一ノ瀬さんのお陰で程なくせっちゃんの離婚はスムーズに成立した。
DVという言葉も概念も無い当時、夫婦間の暴力については今にも増して圧倒的に妻の立場は弱かった。
死ぬほど殴られる暴力も、犬も喰わない夫婦喧嘩と等しく思われてるそんな風潮だった。
あまりの暴力に耐えかねて警察に駆け込んでも、または余りの喧嘩の激しさにご近所が警察を呼んでも、民事不介入でどうにもならず、せいぜい夫は警察官から注意を受ける程度でその場をやり過ごす。そして警察を呼んだという事で妻は更なる暴力にさらされる。
妻は夫の所有物として見られている前時代的な名残がまだまだ根強く、離婚の際も子供を取られ、又は押し付けられ、夫側の言いなりで身一つで追い出される事もあった。
そんな中、弁護士さんをご紹介頂き本当に心強かったと、せっちゃんとお母さんと孝治君が改めて挨拶に来てくれた。
向こうは最初、お金は鐚一文払いませんと言っていたが、結局それ相応な額は貰ったと報告してくれた。
孝治くんのお嫁さんがこれまたいい人でせっちゃんの手を取って
「お義姉さん!ずっと一緒に暮らそうね!」そう言ってくれるけれど、私は新婚さんの邪魔をしたくない、すぐに家を出て働きに出たいとのよと言った。
それを受けて孝治君が
「そんな事ここで言わんでもええ」
と顔を赤くすると
「姑の上に出戻り小姑がいるなんてかわいそうよ」
せっちゃんがそんな風に唇を尖らせて言うものだからおかしくて、つい僕が吹き出すとみんなもつられて笑った。
ひとしきり笑ったあとせっちゃんが孝治君に向き直り口を開いた。
「孝治、ありがとう…姉ちゃん本当に嬉しかった、これからは美津子と2人でしっかり生きていくから」
孝治君は更に照れて
「馬鹿か、たった2人の姉弟じゃろうが」
ぶっきらぼうに言う。
僕は兄弟っていいなと心がじんわりとした。
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