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そのじんわりを破って父が急に
「ちょうどええ、せっちゃんここで働かんかね?」そう言い出した。
「わしも、もうええ年じゃけぇそうしてくれるとありがたいんじゃけど」
そう言いながらちらっと僕の顔を見た。
初めて聞いた事で驚いて慌てたけど、無論僕に嫌はなかった。寧ろ大歓迎だ。
僕は相変わらずのヘタレでそれから3度正月を迎えた。正月も過ぎて、冬休みも終わり、みっちゃんがいつものように学校から帰りに喫茶店に寄った。
「お帰り、お母さん、向かいのお店にコーヒーを持って行ってくれてるんよ、すぐ帰って来るからね」
声をかけると、いつものようにうんと頷いてカウンターの隅っこに座って宿題を始めた。いつもここで宿題をしてせっちゃんの終業を待って一緒に帰っている。
教科書の間からプリントがひらりと落ちた。
『父親参観のお知らせ』
今では考えられないけれど、あの頃はクラスの電話番号網として、親の名前、年齢、職業など個人情報を網羅したものを一枚の表にしたものが当たり前のように年度初めに配られていた。所謂片親は一目で誰の目からも明らかになる。
参観日もわざわざこうして父親指定を平気でしていた。
迂闊だった。これまでだってあっただろうに、それに全く気がついていなかった。
「みっちゃん、これ」
「ああ、大丈夫、こんなの忙しいお父さんとか来られない人沢山いるし」
みっちゃんは年々淡々としていっている。
それは10歳にしては落ち着き過ぎかなとも思える程、なんとも落ち着いていた。
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