3.伏せてる爺さん

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3.伏せてる爺さん

――お米不足で買えないんだってね、こないだずっと玄関先でおじさんと話してたでしょう、お米の話。みんなでうどんやパンを食べればいいんですよってね、僕もそう思ったよ。母さん、うどん好きじゃない? 江戸っ子気取りかよ!! ツッコミだよ。漫才の。今がっこで流行ってんの、なんとかかよ!! そうそう、その人。  ケアハウスの食堂で、紙芝居屋のおじさんが黄金バットを語っている間、僕は頭の中で母さんに返事をしていた。紙芝居がつまらなかったわけでもないし、もらった水飴とみるくせんべいが美味しくなかったわけでもないけど。  僕の独語症は、いつも、なんだ。いつに限らない。僕が生きている限り、限りのない言葉と言葉の連続の応酬があって、そこでしか、僕は存在をし得ない、のかもしれない。 「たっくんには退屈だった? お婆ちゃん黄金バット懐かしくて、涙出ちゃった」 「ううん、面白かったよ、僕も七十年後、サザエさんを観て泣くかもしれないね」 「そうかもねぇ。もう帰る?」  え? と。ね。  僕は食堂テラス側、隅っこのテーブルに集まった人の塊をみていた。中心でタクトを振るように、紙芝居をめくるように話を展開していたのは、ループタイロボットのお爺さんだった、今日もどんぐり帽子を被っている。 「ああ、伏せ爺さん、人気者でしょう」  伏せ爺。一挙に逆転ホームラン。僕の中のどんぐり帽子のループタイロボットお爺さんが、瞬間に伏せ爺さんになってしまう。こんなに簡単に、人の名前も印象も、外の頑なでそっくり、返る。なら、なんで僕はこうなんだろうって、少し、寂しくなる。 「伏せ爺?」 「そう、ベッドに伏せってる爺さんと、伏せ字で川柳を詠む爺さん、名付けて伏せ爺、人気者よ、参加する?」 「参加?」  ええ、と、お婆ちゃんは席を立とうとして、もう一度座りこんじゃう。僕がさっと動けないでいると、職員さんが後ろからお婆ちゃんを支えた。 「ごめんなさい、ちょっと痺れちゃった」  ここでは、することと、されることの連続性の中で安心が構築されていた。 「うちの孫も参加させてやってちょうだい」  テーブルに集まった白髪頭とツルツル頭のたくさんが、いっせいに僕をみる。 「こんにちは」  の、挨拶に、たくさんの「こんにちは」が返ってくる。だろう? 「ああ、ぼくや、拓海くんだっけな?」  伏せ爺さんが一番たくましい視線で僕をみつめて言った。先週のことをちゃんと記憶している、まだ、頭がしっかりしているんだ。伏せ爺さんの息子か娘も、僕の母さんみたいな鬼、なんだろうか。 「はい、吉崎拓海です、よろしくお願いします」 「歓迎よ、まー、可愛い坊や」 「孫が遊びに来てくれていいこと」  僕は招かれて席につく。テーブルには伏せ爺さんのノートが開かれて置かれて、皆それぞれに、ハウスのお報せプリントを短冊状に切った紙の裏に何か、書いている。川柳か。 「今回のお題はね」  白髪のつむじにピンクの地肌が目立つお婆さんが、ムクムクと嬉しそうな口元で話しかけてくれる。  伏せ爺さんが出すお題の川柳は、五・七・五の何処かが伏字になっている。参加者はそこに自由な言葉を当てはめる、誰のが一番良かったか、そして、伏せ字になっていないお題の川柳と比べて、良ければ賞品が貰えるらしい。 「みせてあげて、賞品」  伏せ爺さんは釣りに行くようなポケットのたくさん付いたベストから、一個のロボットを取り出して、 「ほれ」と、僕に渡してくれた。  ボルトやナット、工場の部品たちで作られた可愛らしいロボットだった。ループタイのと似ている。ずんぐり感がとてもいい。チャームにできるようにちゃんとリングもついている。 「よくできていますね」  素直に言う。 「ロボットは好きか」 「はい、鉄人28号のフィギュアを部屋に飾ってます」 「グリコのオマケの?」 「はい」 「うちにもある、わかってるな、拓海。お前ぐらいの世代はロボットてやドラえもんが返答の相場だよ、嬉しいこと言うね、参加するか、ロボット、狙ってみるか」  僕は欲しくて参加する。  秋茄子を 嫁に食わさず ×××××。これがお題。 「バッテン」  みたまま声にしたのに、お婆ちゃんが深読みをする。 「ねー、伏せ字でも○にすりゃいいのにって、私も言うのよ」 「場所柄×の方が相応しいだろう、ほれ先週も竹中さんめされちまったろう、がはは」  僕は伏せ爺をみていた。嬉しくない目で。 「そんな顔するなよ、綺麗な○書くのは難しい、×の方が書くのが楽ってだけさ」 「なら、そう言えばいいのに」 「短い人生、早く行くと早いぞ、拓海」  伏せ爺さんは僕の目にもきちんとした言葉を返してくれたし、ロボットは欲しかったから、僕は、伏せ爺さんと友達になった。 ――秋茄子は 嫁に食わさず 年を越す。なんだかよくわからない面白さと寂しさがあるね。これが賞品ゲットなら、しょうがないか。僕は川柳なんて小学校の授業で何度か作っただけだ、お年寄りには敵わない。これから、これから、ちょっとずつ。上達したら、部屋のコルクボードにもう、予約のピンは立ててある。       
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