1,取引

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 神奈川県南東部に位置する市、ヨコガワ。 人口五十万人を誇るこの街は、明治時代に医療器具を製造する官営工場が建設されたのを機に、医療器具の街として発展してきた。現在は郊外にメーカーの工場が進出したことにより、義手や義足の製造が盛んである。背の高いオフィスビルが立ち並び、歓楽街や大きなショッピング施設等が軒を連ねる大都会と化している中心部から離れた場所に、“旧市街”と呼ばれる地区がある。メーカー進出期の発展から取り残されたこの地区は、築二十年以上の建物や寂れた商店街などが放棄されたまま、不良のたまり場やヤクザの事務所が数多くできてしまった。そのため治安も悪く、地元の人間も滅多に近寄らない。そんな場所にあるとあるマンションに、一人の女刑事が来ていた。 「はぁ~~~。」  凜とした美しい顔を歪めてしまうほどの溜め息をつくこの女性の名は、坂上 鈴鹿(さかのうえ すずか)。二十三才の若さで警部になっているキャリア組、つまりエリート警察官である。それゆえにプライドが高い彼女は、今の状況に少し憤慨していた。 (まったく。いくら峯崎さんの頼みとは言え、何でこんなとこに来なきゃいけないのよ。) 坂上はもう一度溜め息をつき、目の前のアパートを恨めしげに睨む。見ためは普通の五階建てだが、よく見ると中は所々茶色く剥げた部分が見え、階段も錆び付いたまま。おまけに建物自体が若干右に傾いているという、絵に描いたようなオンボロマンションだ。 (本当にここに……?まぁいいわ、さっさと終わらせましょうか) 坂上は軽く頬を両手で叩き、気持ちを切り替える。プライドは高いが、どんな仕事もきっちりこなすのが彼女の良い所だ。「よし。」と気合いを入れ、坂上はマンションの中へ入っていった。
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