1,取引

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 ギシギシと踏むたび嫌な音が鳴る階段を登り、坂上は最上階の部屋の前まできた。一応周辺を確認した後、坂上はインターホンを押した。ピンポーンと鳴って十数秒後くらいに、若い男の声がした。 『あー、どちら様?』 「警察の者よ。峯崎さんの部下と言えば分かるかしら?」 『あぁ、アンタがおっさんの言ってた人か。鍵は開いてるぜ。』 (おっさんって……) 自分の上司がおっさん呼ばわりされていることに若干呆れつつ、ドアを開ける。入ると中はちょっとした応接室のようになっており、テーブルを挟んで奥の黒革のソファーにその人物は座っていた。 「貴方が“解体屋”芳賀 誠一ね。私は坂上 鈴鹿。階級は警部よ。よろしく。」 「ご丁寧にどーも。取りあえずそこにかけてくれ。」  坂上は手前の椅子に腰掛けながら、じっと目の前の人物を観察する。年は二十代前半。灰色がかった髪に、整った顔立ち。背もそれなりに高く、一見モデルでもしてそうだが、こちらを見据える目は深い闇のように暗く、こちらとは住む世界が違うのだと認識させられる。そんな印象を彼女は受けた。 「さて、それじゃ取引といこうぜ。」 「ええ。今回はコレよ。」 そう言って坂上は、芳賀の前にA4サイズの茶封筒を出した。封を切って中身を見ると、数枚の文書が入っていた。そこに記されているのは、現在指名手配中の改造者(カスタマー)の内の一人の捜査記録であった。 「今回貴方にしてもらうのは、裏社会でもナンバーワンと謳われる運び屋、通称“カメレオン”よ。」  その名を聞き、不敵に笑う芳賀。改造者の犯罪率がか日本一としても知られるヨコガワにおいて、警察はほぼ無力に等しい。無論、専門の部署を設立したり、個人の銃の所持の許可。街の監視網の強化など対策はしている。だが、単純な性能(スペック)において、警察は彼らに歯が立たないのだ。そこで鈴鹿の上司である峯崎は、改造者専門のスイーパーである芳賀にある取引を持ちかけた。それは、警察が捜査で入手した情報を提供する代わりに、警察が指名手配している改造者を始末してもらうというもの。これに承諾した芳賀は、約二年前から取引を行っているが、今回はこれまでで一番のビッグネームが来た。大物を狩れる喜びに、思わず笑みが零れたのだ。 「これまでに行って来た仕事は百以上、そのすべてを成功させてきた最高の運び屋。どんな場所にも完璧に溶け込み、サツに一切足取りを追わせないことからついた名が“カメレオン”。いいねぇやりがいが有るじゃねぇか。」 (こいつッ……!) 口元は笑いながらも、その瞳には確かな殺意が宿っていることに坂上は恐怖した。すると、芳賀がおもむろにパーカーのポケットに手を入れた。気になって坂上が目を凝らした瞬間、芳賀は彼女へ向け発砲した。
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