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『俺は……、高校中退だ。7年前に、実家が火事で焼けて両親が死んだ。その時、煙を強く吸い込んだ兄が――。それ以降、植物状態で入院してる。その兄が死んだら、俺の家族は全滅だ。兄には生きていて欲しい。そして、いつか、目覚めた兄と一緒に旅館を再興する。そのために……俺は、生きる! 頑張って、頑張って、生きる為に働く(・・・・・・・)……』  就活なんて馬鹿らしいことしてられっかよ! おれは、この世で愉しいことだけをし尽して、さっさとくたばってやるんだ。そう、それがおれの運命なんだ。そう思って生きてきたし、その気持ちは今も変わらない。  しかし――  星が美しい夜だった。  おれの夢は、上高地の散策路に佇む超一流ホテルに、ベストシーズン長期滞在し、朝から晩まで美しい景色に囲まれて自分の魂を浄化してからあの世に行くことだ。これは未だ、誰にも話したことがない。  とはいえ、おれはしがない大学生で、上高地に滞在できるのはほんの数時間。それでも十分に幸せを噛み締めていられる、21歳のアルバイト添乗員だ。  ここは、上高地ツアーの前泊に使う温泉郷の中でも最大規模の、丸山グランドホテル。いつの頃からか、一緒に星空の下でひとときを共にするようになったのは、調理場の板前をしているという丸山進次郎。 「進ちゃんは、腕に技術があっていいよね。おれなんて、希望も夢もなくて、ただ、死ぬために生きてるだけって感じだよ」  何となく……くさくさしていたおれは、つい本音を漏らした。すると、「まだ……、若いのに。大学に通ってるんだから、明るい未来だろ?」 と、進次郎が呟いた。 「僕さ、ゲイなんだー!」  唐突に、俺の口は進次郎にセクシャリティーをカムアウトしていた。驚いた様子で「ぇ?」って言うもんだから 「キモいだろ? 男しか愛せないゲイなの! 親も、変な病気になって事故って死んじゃったし」 とか、「おれなんて、世の害虫みたいなもんよ。気持ち悪いんだってさー! 進ちゃんも、おれのことがキモかったら、さっさと自分の部屋に帰れよ?」って、半分やけくそになって口走ってから、酷く後悔した。  『丸山グランドホテル』の『丸山進次郎』なんだから、てっきりこのデカいホテルの御曹司だと思うだろ? そうしたら、このホテルは伯父夫婦のもので、進次郎は雇ってもらっていると言う。そして、植物状態の兄の為にも、生きる為に働く(・・・・・・・)って。おれとは似て非なる生き方に、愕然とした。  会話を重ねて行くうちに、彼の公平な物の見方、仕事に対する真摯さが手に取るように感じられた。おれがゲイだと言っても、態度が全く変わらない。その純粋さにどれだけ救われ、惹かれたか――だからこそ、ホテルの一人娘との縁談が進んでいると聞いたときには、大きくショックを受けたんだ。
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