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第三章:元妻の話
色の白いは七難隠す、という言葉があるが、元妻は確かに色白の美人ではあった。
しかし性格の方には、肌の白さなどでは隠しきれないほどの難があった。
いや、結局俺はその「難」を軽く見た挙げ句、あの女と結婚までしてしまったのだから、あれは隠せていたと捉えるべきなのだろうか。
元妻の性格に難儀な面があることに、交際中に気づいていなかったわけではない。ただ、結婚すれば変わるだろうという甘い見通しを持っていただけだ。
元妻は、積極的に他人の悪口を言ったり、危害を加えたりしようとするような、そういう「性格の悪い」女だったというわけではない。
しかし、ことあるごとに相手――つまり俺――の愛を試そうとする悪癖があった。
メッセージを頻繁に俺のスマートフォンに送ってきて、すぐに対応しないと機嫌を損ねる。
やたら色々と二人の記念日を作っては、それを俺にも覚えさせようとする。もし忘れていたら、当然また気を悪くするわけだ。
一番厄介だったのが、俺に他の予定がある日にあえて自分との約束を割り込ませようとすることだった。その日は先約があるから、と言おうものなら、自分より大事なものがあるのかと責め立てるのである。
とにかく、一事が万事、そんな調子だった。
あばたもえくぼというが、交際中はあの女のそんなところも、むしろ可愛らしく思えた。俺のことがそれだけ好きだからこそ、自分も俺に愛されていると確かめずにはいられないのだろう、とそんな風に好意的に解釈していた。
だからこそ、早く結婚して安心させてやろう、などと考えてしまったのだ。そうすれば、少しはおさまるだろう、などと甘い見通しを立ててしまったのである。
結論から言えば、何かにつけて俺の気持ちを試そうとするあの女の癖は、結婚後もまったくおさまることはなかった。
いや、むしろ酷くなったと言って良い。
しまいには、手首を切って自殺する素振りまで見せるようになった。
俺も最初のうちこそ心配していたが、何度も繰り返されるとさすがにうんざりしてくる。
自殺するふりに限った話ではないが、そもそも、相手の気持ちを試そうとすること自体が、相手を信じていないことの裏返しなのだ。それが相手に対して失礼な行動であるとなぜ分からない。
何度も何度も何度も何度も試され、確かめられているうちに、あの女に対する俺の気持ちはどんどんすり減っていった。まるで、味見を繰り返しすぎて皿に盛る分が無くなった料理みたいに。
まず最初に、愛情が無くなった。
それでもしばらくは憐憫の情があったが、それもやがて消えた。
そして最後まで残っていた義務感が消えた時、俺は離婚を決意した。
離婚届を書かせるのは簡単だった。というより、書かせてすらいない。向こうが勝手に書いたのだ。
元妻は自殺未遂だけでなく、離婚届を書き残して実家に帰るという行動もしばしばとっていた。そうすれば俺が焦ってなだめにかかり、機嫌をとるというのが分かっていたからだ。
しかし離婚を決意した後の俺は、それまでとは違う行動をとった。
既に妻の分の記入が済んでいた離婚届に俺自身の分を記入し、そのまま役所に出してしまったのだ。それと同時に、以前からこっそり借りていたアパートに私物を移した。
家具家電の類はほとんど置いてきたのでそのまま妻のものとなったが、手切れ金と考えれば安いものだ。
こうして、晴れて俺は自由の身となったのである。
正直言って、我ながらよく三年間も耐えたものだと思う。
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