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「じゃあ、早速だけど、このアンケート来週までによろしくね」
「よろしくってこれを二人でですか?」
「そうだよ。僕は次に製作する傘のデザインの打ち合わせに行かなきゃいけないから、街中でアンケート取ってる暇なんてないんだよ」
「次は傘作るんですか?」
先輩はそう言うと、黙って頷き、脇にあった紙袋をぶっきらぼうに突き返してきた。
「君達にとってはたかがアンケートなんて雑用だと思うだろうけど、そのアンケートにある市民の本音を元に商品やアプリを開発して貰う。うちの部にとっては、フィールドワークやって独自のマーケティングデータ作ってから、それらを企業や製作所に売り込むことが一番重要な仕事なんだよ」
私達はその真剣な姿勢にただ圧倒されて黙って頷くしかなかった。
「まだ、本採用とは言ってない。使えない部員なんていらないんだよ。ここ1年で5人希望して全員辞めてったよ。君達も持って3カ月ってとこだと思うけどね」
「私は辞めません」
萌音が即答した。
「ふーん。まぁせいぜい頑張って」
先輩はそう言って軽くウィンクすると、私達の前から去って行った。
最早、部長というよりは、ワンマン社長を想起させる理不尽な言動や行動に振り回されて、疲れ果ててしまった部員の姿がありありと見えた。
それでも理念と技術やセンスはきっと本物。
私達は顔を見合わせると、笑いが込み上げてきた。
2人でひとしきり笑ってから、頭を空っぽにし空を見上げた。
「私どっか後ろめたかった。雨の街って。でも、あんな人考える人いるんだな。すごいな、なんかワクワクした」
私がなんとなく口にした思いに、萌音は深くうなづいてくれた。
「うん、あの人凄いね」
それからしばらく、2人で彼を褒めたたえあった。
雨ばかりの街ってなんの誇りにも思えなかった。
でも、もう空を見上げても、そんな暗い気持ちになることはないだろう。
そう、彼と出会ってしまったのだからーーー
ーー完ーー
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