植物図鑑

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「あの植物図鑑見せて。」 お母さんの言葉に頷いて、渡す。 パラパラとページをめくっていた指が不意に止まった。 「かきつばた。」 「うん。」 「あなたの幸せを願う。」 「え?」 「かきつばたの花言葉。他にもあるかも知れないけどね。」 「…。」 「それにしても、何だろうね この 電車の時刻みたいなのとか、○×は。」 「電車の時刻?」 「うん。だって 新町発 1705とかって、新町を17時5分に出る って事じゃないの?」 「言われてみれば…。じゃあ、○×は?」 「うーん。」 お母さんは ホットサンドをパクリと頬張った。 あ、もしかして…。 「○は、乗る。×は乗らない…とか?」 「美波えらい!きっとそうだよ!待ち合わせじゃない?」 「待ち合わせ?」 「そう。例えば 0523新町発 1705は、5月23日 新町発17時5分の電車で 待ち合わせませんか?って書いて、図鑑を渡す…。」 「分かった!!行かれるなら○!」 「そう。」 「デートかな。」 「昔だから、若い男と女の子がデートなんてしてたら、白い目で見られたと思うけど。」 「そうだね…。」 「でも、もしかしたら この電車に2人で乗る事自体がデートだったのかも。」 「え?」 「2人で秘密の約束をして 同じ電車に乗る。同じ車両に。隣に座る事までは出来たかどうか…。それがデート。」 「…儚い。」 「戦前とか、戦争中だもの」 「…2人はどうなったのかな。」 「さあ…」 電車の秘密のデート自体が私たちの想像でしかないのだ。 有島清一郎さんとおばあちゃんのやりとりは、10月18日で終了した。 有島さんは おばあちゃんに、かきつばたの栞を挟んだ植物図鑑を、渡して。 2人は別の道を進む。 おばあちゃんは、おじいちゃんと結婚して、お母さんとおじさんが生まれ…。 有島さんは…? 考えても、キリがないか。 すっかり冷めたホットサンドをムシャムシャ食べて 空になったマグカップとお皿を流しに出す。 「美波、まとめて洗うからいいよ。あなた何時に帰るの?」 「もう少ししたら出るよ。明日仕事だし、買い物もしないと 冷蔵庫空っぽだし。」 「そう。」
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