3人が本棚に入れています
本棚に追加
「あの植物図鑑見せて。」
お母さんの言葉に頷いて、渡す。
パラパラとページをめくっていた指が不意に止まった。
「かきつばた。」
「うん。」
「あなたの幸せを願う。」
「え?」
「かきつばたの花言葉。他にもあるかも知れないけどね。」
「…。」
「それにしても、何だろうね この 電車の時刻みたいなのとか、○×は。」
「電車の時刻?」
「うん。だって 新町発 1705とかって、新町を17時5分に出る って事じゃないの?」
「言われてみれば…。じゃあ、○×は?」
「うーん。」
お母さんは ホットサンドをパクリと頬張った。
あ、もしかして…。
「○は、乗る。×は乗らない…とか?」
「美波えらい!きっとそうだよ!待ち合わせじゃない?」
「待ち合わせ?」
「そう。例えば 0523新町発 1705は、5月23日 新町発17時5分の電車で 待ち合わせませんか?って書いて、図鑑を渡す…。」
「分かった!!行かれるなら○!」
「そう。」
「デートかな。」
「昔だから、若い男と女の子がデートなんてしてたら、白い目で見られたと思うけど。」
「そうだね…。」
「でも、もしかしたら この電車に2人で乗る事自体がデートだったのかも。」
「え?」
「2人で秘密の約束をして 同じ電車に乗る。同じ車両に。隣に座る事までは出来たかどうか…。それがデート。」
「…儚い。」
「戦前とか、戦争中だもの」
「…2人はどうなったのかな。」
「さあ…」
電車の秘密のデート自体が私たちの想像でしかないのだ。
有島清一郎さんとおばあちゃんのやりとりは、10月18日で終了した。
有島さんは おばあちゃんに、かきつばたの栞を挟んだ植物図鑑を、渡して。
2人は別の道を進む。
おばあちゃんは、おじいちゃんと結婚して、お母さんとおじさんが生まれ…。
有島さんは…?
考えても、キリがないか。
すっかり冷めたホットサンドをムシャムシャ食べて 空になったマグカップとお皿を流しに出す。
「美波、まとめて洗うからいいよ。あなた何時に帰るの?」
「もう少ししたら出るよ。明日仕事だし、買い物もしないと 冷蔵庫空っぽだし。」
「そう。」
最初のコメントを投稿しよう!