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部屋に掃除機をかけて、少ない荷物をまとめるとお母さんが持っていた紙袋を 差しだした。
「はい。ポテトサラダとか、夕飯のおかずアレコレ。」
「ありがとう。」
「たまには帰って来なさいよ。」
「うん。」
「気をつけてね」
「うん。じゃあ。」
また しばらく会わない事は お互いに分かっているのに、やりとりは そっけないほどあっさりで…。
まあ、これが私たち親子らしいといえば らしいんだけど。
来た道を帰る。
「あなたの幸せを願う。」
帰りの電車でも 気がつくと あの植物図鑑の事を考えていた。
もし、あの2人が恋人同士なら…私がおばあちゃんなら…あなたに幸せにしてもらいたい。若しくは、一緒に幸せになりたいって思うな。
一緒に幸せになりたい相手に『幸せになって。』って言われるのって…切ない。
あなたとなりたいんだよ!幸せに。
でも…それは出来ないらしいんだよね。有島清一郎は。
幸せにする事も、一緒に幸せになる事も…出来ない。
そばに居られなくなる…?
田舎に帰るとか…?
病気がすごく悪化した…とか?
…。
…もしかして…。
私は何か 無意識に 不吉な考えを頭の中に探り当てた気がした。
…戦争。
戦争に行く事になったのかもしれない。
10月18日が、最後。
だから、だから、おばあちゃんの返事は◎。
『必ず行く』
最後の電車デートで、有島清一郎は、おばあちゃんに植物図鑑を渡した。
最後の贈り物。
思い出。
2人は言葉を交わしたんだろうか。
たぶん交わさない。
昭和20年5月27日南西諸島にて…
おばあちゃんは どんな気持ちでこれを書いたんだろう。
書かれていない2文字の意味。
戦死
全ては、私の想像だけれど。
私は植物図鑑を抱きしめた。
自分が勝手に考えた物語で、電車の中で泣くなんて。
どうかしてる。
でも…。
勝手な想像が真実っぽくて、胸の中を満たす切なさは本物で。
しばらく涙が止まらなかった。
「あなたの幸せを願う」
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