僕と私の文通相手

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*** 「ただいま」 帰宅を告げるが智也は実質一人暮らし。返事はない。返事はないが電気を付ければサイドテーブルには湯気が立つ出来立ての食事が見えた。 冷たい一人暮らしにほんのりとした暖かみを感じる。 上着をハンガーにかけ、ネクタイを弛めながら智也は用意された食事をみやる。 食卓に座りまずは味噌汁に口をつける。ダシの香りと味噌の風味が口内に温かく流れこんで智也の疲れた身体に染み渡る。具はシンプルにネギと豆腐。 今夜は肉じゃがのようだ。肉は豚肉、ホクホクで煮くずれしかけたじゃがいもは良く味がしゅんでいる。 人参と玉ねぎ、切り揃えられていないベローンと添えられた糸こんにグリーンピース。 白菜と塩こぶの浅漬け。 名前を知り、今は亡き母と同じ名ということとその母を思い出させる味付け。母とは別人だと思いつつ、智也はじんわりと懐かしさを感じる。 あれから幾度となく手紙のやりとりをした。 ある時は飲み会で遅くなるなどの連絡事項。 ある時は作れるものを聞いた上での食事のリクエスト。 ある時は仕事での悩みや愚痴を……。 智也と加奈子。 アパートの一角。同じ室内というかなり狭い範囲だがとても奇妙な文通が続いた。 他愛ない内容の手紙には返事がもらえるが、何故自分の世話をしてくれるか。や、この世に留まる理由など込み入ったことには加奈子は答えない。 だが、智也も加奈子との手紙のやりとりに心が落ち着くと気付いてからは深くは追及しないことにした。
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