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星の研究所
足を踏み外して、校庭にぽっかり空いた穴に落ちた。
その中には、暗い洞窟や地底国がある訳じゃなく、
「機械がいっぱい?」
僕が尻もちをついた場所を囲むように、コンピュータが並んでいた。
耳をすますと、四方八方から規則的な電子音が聞こえてくる。
「ここどこだろう」
僕は首を上に傾けるが、期待したような天井は見えず、ほおっと広がる暗闇に機械のてっぺんが吸い込まれている。
暗い所に、瞬くランプが星のようだ。
僕は星が好き。
誕生日に買ってもらった望遠鏡で毎日星を見ている。
気が付けば何時間もたっていることはしょっちゅうで、
その度に、お母さんに寝なさいって叱られる。
僕は立ちあがって、お尻を軽くはたいた。
早く帰って、本物の星を観察しよう。
いつまでもこんなところでじっとしていられない。
(あんなに高いところから落ちたのに、どこも痛くない。運がよかった)
どこから出られるんだろうか?
辺りを見回してもドアなんてなくて、そうなると、思い当たる場所はひとつだけ。
僕は周りを見回して、一番近い壁、もといコンピュータに手を伸ばした。
「こらこら、坊や。むやみにスイッチを押したらいかんよ」
背後から大人の声がして、僕はぎくりと振り返る。
するとそこには、白衣を着たおじいさんが立っていた。
「ごめんなさい。いたずらするつもりはなかったんです」
反射的に、声を上げた。
お母さんに隠していた秘密がばれたときみたいな気まずさが込み上げてくる。
そんな僕につられるように、ホホホ、とおじいさんは白いひげを触りながら、愉快そうに笑った。
「わかっとるよ。コンピュータを壊したらたいへんだからな、こっちにおいで」
僕は怒られなかった事に安心して、おじいさんの手招きにうなずいた。
その時、僕はおじいさんに隠れるようにして、一人の男の子が立っていることに気がついた。
ミニチュアサイズの白衣を着て、眼鏡をかけているその子は、僕と同い年くらいに見える。
「君は……」
その時、友達に会えたような気がしてほっとしたのだと思う。
僕は、早足で二人に駆け寄った。
「バカ! 素手でキャサリンに触ってるんじゃねーよ! お前と違って繊細なんだよ」
少年は、駆け寄る僕を押し返すようにして、衿首に掴みかかってきた。
思わず、後ろによろめく。
驚愕のあまり何も思い浮かばない。しどろもどろに言い返す。
「な、なんだよ! 人に向かってバカなんて言うなよ。キャサリンなんて知らないよ!」
「この部屋にあるスーパーコンピュータの事だろ。そんなことも分かんねーのかよ。頭使えよ! だからバカなんだよ!」
少年は目を吊り上げて、僕を責め立てる。僕は混乱した。
友達相手にもこんな喧嘩なんかしたことはない。
「う、うるさいな! 勝手に触ろうとしたことは悪かったけど、なにも怒鳴らなくたっていいだろ、バカ!」
売り言葉に、買い言葉。
少年の目が更につり上がったのを見て、僕は「しまった」と心の中で呟いた。
「カナタ、ものの言い方をよく考えんといかん」
「ですが、先生……」
その時、僕の肩を抱いて少年から引き離してくれたのは、おじいさんだった。
「お前は頭はいいかも知れん。だが世の中には、それよりもっと大切な事がある。それが分からんようなら、さっさと家に帰れ。教えることは何もないからな」
おじいさんは、そう言って扉から出て行った。
「待って下さい。先生!」
カナタと呼ばれた少年は、目に涙を浮かべて、おじいさんが出ていった扉を見つめている。
さっきまで感じていた戸惑いが波のように引いた。
僕とおじいさんへの態度の違いは気になるけど、この子にとって、おじいさんはきっととても大切な存在なのだろう。先生って言ってたし、こんなにも途方に暮れてしまうくらいなのだから。
「なあ、カナタ? 機械を壊されそうでカッとなっただけだよな。先生に話したら許してくれるって」
僕は放っておけない気がして、カナタに声をかけた。
「お前、慣れ慣れしく……」
カナタがまた眼を吊り上げて何か言おうとしたが、その言葉をぐっと飲み込んだ。
相当先生の言葉が効いているらしい。
「僕もおじいさんに話すから、一緒に行こうよ」
カナタはやっぱり不満そうな顔をしたが、扉に向かって歩き出した。
これは付いていっても良いということだろうか?
どちらにしてもここから出る方法を教えてもらわなければいけない。
僕はカナタと一緒に部屋を出た。
廊下は先ほどの部屋とは違って、白塗りの上品な壁に囲まれていた。
まるでテレビで見るオフィスのようだ。
きょろきょろと周りを見ていると、カナタが僕を振り返った。
「お前、地球人だろ。なんでここに入ってこれた?」
「え? 地球人? 僕、日本人だよ。小学校にいたのに、気が付いたらここにいた。君も同じでしょ」
「俺は、ここで先生と星を観測してる。仕事だから変じゃない」
「星の観測!? 凄い! 何を見てるの?」
面白そうだ。僕はカナタに色々質問した。
カナタは面倒くさそうにしてたけど、なんだかんだ話をしてくれる。
「星の構成物質、生態系、とか観察して分析する。そうすれば、この星の成り立ちとか、これからどうなって行くのか分かるから」
へー、僕の知ってる星の観測とは大分違うんだな。
望遠鏡をのぞいて星を見ることが観測だと思っていたから。
「それ、楽しいの? 難しそうだけど」
「楽しいに決まってるだろ! 宇宙に散らばってる星の一つ一つが皆生きてるんだぞ。全部の星の成り立ちを、俺は知りたい」
カナタが本当にわくわくして喋るから、僕もドキドキしてきた。
空に見える星が全部生きてるって、確かに面白い。
僕たちみたいに、星たちも生きてるんだから。
「いいな、それ! とっても面白そうだよ」
「だろ? お前、良く分かってるじゃん!」
僕とカナタは、お互いの顔を見合わせて笑った。
二人とも、星が大好きなのは一緒だ。
しばらく歩いて、僕たちは広い部屋に出た。
真ん中にデスクが二つしか置いていない研究室。
そこの一つに、先生が座っていた。
僕とカナタは頷きあって、先生の傍に近づく。
「先生、さっきはすみませんでした。俺、確かに酷い事をいいました」
先生は、カナタの顔をじっと見つめている。
「カナタは、星が好きで一生懸命なだけなんです。怒らないでやってください」
僕がカナタのフォローをすると、先生は穏やかに笑いかけてくれた。
「カナタも反省したようだしね、二人ともずい分仲良くなったようだ」
確かに新しい友達が増えた。
「良かったな」と、僕はカナタに向かって、アイコンタクトを取る。
カナタは僕をちらりと見ると、照れを隠すように、顔を背けた。
「そういえば、君は私に何か言いたいことがあったんじゃないのかね?」
「はい。僕、気が付いたらここにいて、どうやったら家に帰れるのかが分からないんです」
先生は、ひげを触ってしばらく何かを考えているようだった。
「先生、空間が歪んでラボに来てしまったということでしょうか? 地球人がコチラに来ることなどあり得ません」
カナタと先生が、難しい話をしている。
僕にはサッパリ理解できないが、普通なら来ないはずの場所に来てしまったということだろうか?
僕は帰れるのかな?
そんな僕の不安を察したのか、先生が安心させるように僕に笑いかけた。
「大丈夫だよ。元の場所に戻ることは難しくない。すぐにでも送ってあげよう」
良かった。僕は帰れるのだ。
「カナタ、ありがとう。僕は帰るけど、また、遊びに来るよ」
僕の言葉を聞いて、カナタは口をつぐんだ。
「そうだな……また会えるかもしれない。同じ時を生きてるんだから。時間があったら、俺が会いに言ってやるよ」
「本当に? 待ってるな」
「ああ、だから、お前の名前を教えてくれるか?」
「僕の名前はジュンだよ。よろしくね」
完
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