台詞で出来た手紙

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 あの感動は、今でも覚えている。  物語にあんなにも陶酔し、感情移入するのはあれが初めてだった。たかが高校生の劇だ、と馬鹿にしていた私は早々に打ち砕かれ、残ったのは先輩の演劇に対する感動だけだった。  だからといって、あの劇を見て入部を決意したわけではない。正直、あれを見た後は「この人の隣に並びたくない」と思った。こんなに上手い人と一緒に舞台に立つなんて恥ずかしいと必死に断った。それでも先輩は、「私が教えるから」と根気強く励まし、怖気ついていた私の背中を押してくれた。 「一人より、二人のほうが伝わりやすいんだよ」と。  本当に、懐かしい話だ。  先輩が書いて、先輩が演じた世界。あれほど私の心をつかんだものは、今までになかった。  私が正式に入部した後でも、先輩は何本も面白い台本を書いた。練習用の一人劇や、大会用の二人劇。私たちの関係は、台本ごとに代わっていった。  上司と部下になってみたり、姉妹になってみたり、すれ違っただけの他人になってみたり。様々な役をやってきたが、私が一番うまく演じられたのは、「先輩の後輩としての私」だったと思う。ほぼ、素と変わらない役柄だった。いつも先輩に思っていることをそのまま台詞にするだけ。変に頭を使わなくてもいいし、伝えたいことを、そのまま伝えられる。すべての役の中でも一番後輩役が好きだったし、先輩も私が演じる後輩役が好きだと言ってくれた。  大人しかった後輩が自分の意見を言えるようになるまでを描いた青春ストーリーや、新入社員が自分のやりたいこと探しをするコメディ。いろいろな後輩を演じていく中で一つ、気づいたことがあった。  それは、私が先輩になりたがっているのだということだった。先輩のように優しい先輩になりたい。先輩のように、誰かの背を押せる先輩になりたい。そう思っていたからこそ、全力で個配の気持ちになってみたし、新入生歓迎会でも全力を尽くして演技をした。まあ、それも失敗に終わってしまったが。  努力もむなしく、私の一つ下の世代は、誰一人として入部してくれなかった。呼び込みをしたり校内公演をしたりと手は尽くしたのだが、入部どころか、体験に来る子だっていなかった。体験期間から一週間が過ぎるまでは、まだ誰か来るかもしれない、と希望を抱いていた。だが、二週間経ち、三週間経ち。発表会を終えるころには、とっくに諦めがついてしまっていた。  正直、ショックだった。  誰かの先輩になることができたら、私も先輩に並べるような気がしていたのだ。そして何より、後輩が好きなあの人に、新しい後輩ができなかったのが悔しくてたまらなかったのだ。ショックを受ける私に気を使ってくれたのか、先輩は落ち込む素振りを見せなかった。「演劇の楽しさ、伝え損ねちゃったね」そう言ってあっけらかんと笑う先輩の姿は、痛ましくすら見えた。
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