神様からの手紙

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 俺の頭の上に、一枚の折られた紙切れが、ひら、と、落ちてきた。  お袋が言っていた通りだなあ、なんて、俺は薄目を開けてその紙を見つめる。  紙は、音も立てずに日奈子(ひなこ)の膝の上に乗る。 日奈子は、ごめんね、洋司(ようじ)、ごめんね、と、泣きながら俺の頭を撫でている。 『神様からの手紙』  お袋が、寝入りばな話してくれたその秘密。  俺達一族は、死ぬ直前、神様から手紙を貰うそうだ。  それは一族以外には見えない手紙だと。  だからその手紙が届いたら、心の中でしっかり返事をするんだよ、お袋はそう言った。  なんて書いてあるの? チビだった俺や、俺の兄弟が、お袋に聞く。  さあ、それは、届いてからのお楽しみ。  お袋はそう言って、優しく俺達を包み込んだ。  暖かい、日だまりのような香りが、胸一杯に広がった。  お袋は、俺達兄弟に飯を食わせる為に、いつもガリガリに痩せていた。  そして、兄弟のうち、体の弱いのが先に死んで暫くすると、お袋は俺達の前から姿を消した。  そうして兄弟もバラバラになって、俺は残飯を漁る生活を続けて、町のゴミ捨て場や公園で何度か日奈子をと顔を会わせるようになり、そのうち日奈子に惚れられて、一緒に暮らすようになった。  顔が良い男は、こういうところ有利なんだよな。  洋司、なんて呼ばれるようになって十五年近く。  俺は働きに出る日奈子を見送りつつ、好きな時間に寝て起きて、日奈子の用意した飯を食う生活を続けていた。  日奈子は時に、俺の生活態度を咎めたり、声を荒げたりすることもあったが、俺には俺のペースがあったので好きに暮らさせてもらったし、言うことを聞くつもりもなかった。  例え俺に怒り心頭の日があっても、仕事で疲れた日奈子に顔を寄せて、大丈夫か? なんて甘えた声を出せば、日奈子は 「もう、あたしは洋司が居れば幸せだよ」 なんて言って、次の日は俺の好物の、刺身の盛り合わせなんて買ってくる女だった。  だから本当は、泣かせたくなんかねえんだよなあ。  俺の頭には、日奈子の涙の粒が、いくつも降り注ぐ。  日奈子の膝の上で、下から日奈子を眺めていたら、日奈子が言った。  ごめんね、洋司、ごめんね、大好き、大好き。  もっと幸せにしてあげたかった、洋司の大好物、もっと沢山食べさせてあげればよかった。もっと仕事も減らして、洋司と過ごす時間増やしてたらよかった。でも、洋司を養う為だったから、ごめんね、洋司、大好き、大好き。  あたし、洋司が居なくなったら生きていけない。だから逝かないで。  日奈子は何度も何度も、俺の頭を撫で続けた。  あーあ、もうだめだ。俺は、日奈子に連れられて何度も嫌々病院に行って、もう長くないから、自宅で看取ってあげて下さい、なんて言われてからずっと、日奈子の膝の上に居る。  俺が、深い深い、最後のため息をもらすと、手紙は揺れて開き、中の文字が俺の目に写った。 そこには一言、 『また、着替えてこられますか?』 とだけ書いてあった。  俺の深い呼吸を聞いた日奈子が、わあと声を出して、俺の体に覆い被さった。  こんなに泣かれたら、手紙の返事、ハイとしか答えられねえよなあ。  俺は空っぽになった俺を抱き締めて泣く日奈子に、見えなくなった体で顔を頭を寄せた。  日奈子、なあ、俺、すぐ着替えてまた戻ってくるよ。  毛皮の色は変わっちまうけど、そうしたらまた俺のこと、拾って飼ってくれよな。  俺達猫一族は、毛皮を着替えて何度でも、何度でも生まれ変わって戻ってこれるんだから。
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