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東山総合病院の『診療部門特別相談室』には今日も面倒事が訪れていた。
黒革製のソファーに座して相対する石渡は視線を鋭くし、この病院の顧問弁護士である西成を捉えて離さない。
石渡もまた、医療裁判を専門で扱う気鋭の弁護士である。この領域に精通していることもあり、自信に満ちた面持ちで切りだす。
「遺族の方は今回の件であなた方、つまり病院長と研修医を訴えるつもりはありません。示談で済まそうと考えておるのです」
「その意図は、言い換えれば非を認めろ、というわけですな」
「平たくいえばそうなります」
医療事故は起こしていないが少々厄介な案件である。示談であれば少額で丸く収まるであろうが、どうしても認めたくないことなのだ。
当院の初期臨床研修医のひとりが、亡くなった女性患者と「不適切な関係」を持っていたと遺族は主張しているのだ。
「どんな証拠を用意していらっしゃるのですか?」
「我々遺族の手元にある証拠は、患者が受け取った研修医からの手紙のみです。確認しましたが、内容は当たり障りないものですね。ずる賢い人間なら当然でしょう」
石渡は研修医が証拠を残さぬよう、あえて無難なことしか書かなかったと解釈している。そう考えた方が示談交渉において都合がよいのだろう。
「つまりですね、患者側がその研修医に送った手紙の内容を確認させてほしいのです。そこに『不適切な関係』の証拠があると私は睨んでいます」
やはりそうきたか。西成の予想通りではあった。
「手紙は何通か送られているでしょうが、『最後の手紙』を見せて頂きたい。亡くなった患者はそれぞれ父と母にも手紙を残していましたし、手紙に日付を記入する習慣がありましたから、偽造やすり替えは通用しませんよ」
挑発的な態度であるが正論だ。『最後の手紙』には彼女の想いや二人の関係を示す事実が記されている可能性は確かに高い。
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