最期にこれだけ

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 一人、部屋に帰った辰巳は何をする気にもなれず、薄暗い部屋で机の上を見つめていた。安い家賃の代わりに立地を犠牲にしたこのアパートには、常に隣のラブホの安っぽい光が入ってくる。おかげで電気を点ける気力さえ起きなくとも、それが嫌でも視界に映った。  見たくないのに目を逸らせない。考えたくないのに頭から離れない。まるで存在を主張している生き物のように、それはそこに置いてあった。  元カノから届いた、最期の手紙が。              ***  辰巳と亜希が別れたのはちょうど一週間前のこと。辰巳の浮気が原因だった。  最近、辰巳たちはお互いに飽きてきていた。いわゆる倦怠期というやつ。 二人で出かけてもなんだか会話は続かない。毎週土曜日のお泊りも辰巳はゲーム、亜希は携帯。夜にいたっては辰巳がシャワーを浴びている間に亜希が先に寝ている始末だ。  学生の時に付き合い始めてから二年間でそんなことは一度も無かったから、どちらにしても続かなかったかもしれない。とにかくそこで辰巳は魔が差した。  あの日、辰巳が亜希との関係を愚痴りながら友達と飲んでいたら、友達がナンパをしようと言い出した。向こうは冗談のつもりだったのだろう。でも辰巳は酔った勢いの悪ノリで行こう行こうと街へ出た。幸か不幸かすぐに女の子二人組が見つかる。居酒屋で二、三時間ほど話に花を咲かせた。  そこまでならまだ良かった。亜希にバレても謝れば許してくれたかもしれない。問題は片方が辰巳をいたく気に入ってしまったことだ。 「今夜は帰りたくないな」 なんて女の子の方から言われちゃあ引き下がるわけにはいかない。そのまま女の子が選んだラブホで一夜を過ごした。  とんでもないことをした と気づいたのは次の日の朝。名前も知らない女の子の隣で目を覚ましたときだった。
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