最期にこれだけ

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 誰もいない自分の部屋に入り、適当なところに新聞紙と広告を置く。一番上の物だけはそうっと持ち上げて机の上に置いた。まるで壊れ物でも扱うみたいに。 『照本辰巳へ』  丁寧に書かれたその字はよく見知ったもの。間違いなく亜希の字だ。 なぜ、こんな物が届いたのだろう。机の前のソファに座りながら、辰巳はゆっくりとそれを見つめた。  ゆっくりと目を閉じて俯く。頭を抱えた。一度ぎゅっと強く目をつぶった。  目を開けて机の上に視線をやる。もしかしたら悪い幻覚なんじゃないかと、目を開けたらそこには何も無いんじゃないかと期待する。でもそんなことはなく、封筒はきちんとそこにいる。静かな薄暗い部屋で、物言わぬ異様な存在感を放っていた。  開けないという選択肢もある。明日はお葬式だ。その後、全てを終わらせた後に読んだっていい。 でも辰巳には未開封の封筒と一緒に一晩を過ごすことは出来なかった。きっと途中で気が狂ってしまうだろうと思った。  鉛でもつけているのかと思うほど重い手をゆっくりと封筒に伸ばす。はさみで慎重に封を切る。手先に全身の神経が集中しているのが分かる。まるで心臓が指の先に移動してきたみたいだった。 中には半分に折られた手紙が一枚入っていた。指先にあるはずの心臓音が耳元で聞こえてくる。  ゆっくりと開くとたった数行だけが綴ってあるのが見えた。読みたくないのに読み進めてしまう。それは一瞬で内容が飛び込んでくるほど短い文だった。
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