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第三幕:言わぬが花
「ごちそうさまでした。いや、これは見事でしたよ。どうやら僕は栽培家として、君にはとっくに追い越されてしまっていたようです」
先輩のその言葉を聞いて私は内心有頂天になったが、努めてそれを顔に出さないようにした。
「またそんなご謙遜を。先輩と比べたら、私なんてまだまだひよっこですよ」
しかし口元がにやけてしまうのは抑えきれなかったかもしれない。
「それにしても驚きましたねぇ。これまでにもレバーやハツの実をつける獣肉植物が作られたことはありますが、脳、それも人間の脳というのは私も初めて見ました。
原理的には、人工染色体に載せる遺伝子を筋肉細胞に必要なものから神経細胞に必要なものに換えればできると言われてはいましたが、これまでに発表されたものはどれもただ神経細胞がでたらめに集まっただけの、白質と灰白質の区別も無いような代物ばかりでした。
しかし、今日君が出してくれたものは違う。人間の頭から取り出したと言われても違和感が無いほどの素晴らしい出来栄えでした。人工染色体の構成にも育て方にもよほど工夫を凝らしたのでしょうね」
「確かにいろいろと秘訣はありますね。たとえば――」
話し出そうとする私を、先輩は遮った。
「ストップ! 駄目ですよ、そんな簡単に喋ってしまっては。これはまだ正式に発表していないものなのでしょう? もし私があくどい栽培家だったら、ここで作り方を聞き出して先に発表し、成果を横取りしてしまうかもしれませんよ? 君は相変わらずお人好しが過ぎるようですね」
作り方を聞いたところで一朝一夕に真似できるものではないし、お人好しなのはそんなことをいちいち指摘する先輩の方だと思うのだが、ここは彼の老婆心を素直に受け取り、それは言わないでおくことにした。
「それにしても、もう一つ気になることがあるのですが、これはちゃんと獣農協の倫理審査を通しているんですよね?」
「あはは、いくら私でも獣農協を敵に回す度胸はありませんよ。そりゃあ人間の脳を持つ植物を作ると言って申請書を出した時には、嫌な顔をされましたけどね。でも、痛覚受容体の遺伝子は入れないから痛みは感じないし、目や耳といった感覚器官からの刺激が一切無い状態で育った脳単体では意識が生じるとも考え難いという点を、資料を揃えて懇切丁寧に説明したら、最後には納得してくれました。
……もっとも、獣農協にはそう説明したものの、本当に意識が無いかどうかは当のその脳にしか分からないんですけどね。感覚器官が無いから周囲の状況を見たり聞いたりはできていないでしょうが、夢を見るくらいはしていたかもしれませんよ?
もしかしたら、先輩があの脳を少しずつ食べていた間もずっと」
「いやですねぇ、気味の悪いことを言わないでくださいよ」
先輩は苦笑した。どうやら、本気にはしなかったようだ。
まあ、それはそうだろう。
可能性の話をするならば、たとえばメロンの皮の中でただ食べられるのを待っていたあの脳が夢を見ていて、その夢の中では『食べる側』のつもりでいた――などということも、有り得ないとは言い切れない。
しかしそんなのは、それこそ私が今見ているこの世界が全てメロンの皮の中の脳が見ている夢かもしれない、というのと同程度の与太話にすぎない。
「お茶を淹れてきますね」
立ち上がってキッチンへと向かう私の背中を、先輩の声が追いかけてきた。
「そういえば聞くのを忘れていましたが、あの脳はいったい誰のものだったんですか? いや、誰の遺伝子を使って作った脳なのか、という意味ですが」
それについては、言わぬが花というものだろう。
「……先輩はアールグレイよりダージリンの方がお好きでしたよね」
私は、何も聞こえなかった風を装って、お茶を淹れた。
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