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本当ならノゴマは今、この病院にいないはずの人間だった。予定では家に帰って色々と様子を見ながら学校に通っているはずだった。
でも、どういう訳かノゴマは病院の階段で転けてしまい、整形外科に来ることになった。
「病院なんてもう沢山だ。俺だって修学旅行とか行きたいのに」
思わず、愚痴をこぼす。
「まだ未来のことはわからないよ」
それに対してミサゴは気休めを言うしかなかった。
ノゴマは不機嫌そうにミサゴを見る。スズメは結局、退院前日までミサゴとちゃんと話せないどころか、前より変に意識して石のように動かなくなるようになった。
それを見て、ノゴマは帰りに風船をスズメに渡した。風船はコンビニで買った物で、これは風船作戦で行くという合図だった。
ノゴマがこの告白を手伝うのはスズメに対するお礼だ。
ノゴマにとって紙飛行機はささやかな抵抗だった。病院という呪縛から抜けられない自分が惨めで、少しでも病院から遠くへ飛ぶようにと祈りとも呪詛とも言える気持ちでいつも紙飛行機を飛ばしていた。
だから、紙飛行機の行き先なんて考えたことがなかった。いや、誰かに当たる可能性は頭にあったが、どうでもよかった。
あんな変な女に当たることなんて微塵も考えていなかった、とノゴマは思う。
スズメの写真や話は紙飛行機を通して行けない場所に行き、出会えない人に会った気がして、楽しくなった。
「ミサゴはここによく来るの? 何で? 本が好きとか」
ノゴマは話を変える。退院の話はこれ以上したくなかった。
「あっ、うん。ほら、ヨタカ――いや、ちょっと彼女と電話しにね」
「――か、彼女?」
でも、その変えた話題で新事実が発覚してしまった。
ミサゴは不思議そうに首を傾げる。
「ノゴマにだってスズメちゃんがいるじゃないか?」
「は?」
「――もしかして、違うの?」
ノゴマはこのとき、ミサゴが何故自分にスズメの話を聞く本当の理由がわかったような気がした。同じ彼女持ちとして惚気たかったからだ。
「あっ、もしかして、片思いだった?」
「は!?」
そう思った直後、からかわれてノゴマはそうじゃないような気がしてくる。
いや、今はそんなことはどうでもいいことだとノゴマは思い直す。自分がスズメに言った言葉を頭の中で反芻させた。
ぷかぷかと浮かぶ赤い風船と、頬を紅く染めるスズメ。
その様子を窓からノゴマは見て、冷や汗を掻いていた。
一睡も眠れなかった。本当に今まで脈があると思っていて、ここまで玉砕するようなものだとは思わなかった。
朝方、初めて病院から抜け出そうとしたけれど、ツバメと居合わせて無理矢理病室に帰らされた。その成り行きでスズメのことを相談したのだが、ツバメからは「自分の保身ばかりなのはどうなのかしら」と冷たいアドバイスを貰った。
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