あしたは学校があるのに

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また間違えた。「きみさあ、そんなんで2万も出せると思う?俺も仕事終わって疲れてんだよ」 それは先月友だちと遊びすぎたせいかもしれない。それはおかあさんに怒られて気が滅入っていたせいかもしれない。それは、ほんとうに人を愛するってなんだろう、と、思ったせいかもしれない。 わたしは楽しい音楽が聴きたくて、電車の中でイヤホンをつけて、だけど、もやもやしたので指がうまく動かなくて、しばらく、音楽なんて何もかけられずにからっぽみたいな都会の夜空を見ていた。びゅんびゅん走り去るビル群がわたしを、汚いものを見る目でせめたてている気がした。 スマホを握り直すたびにうつる自分の手が、すごくすごく気持ち悪かった。名前も知らないような年上の男の人にさわられた手だ。わたしはその人にこの手を握られたとき、胸のあたりがざわっとして、まぶたがひくついて、きっと相手にもわかるくらい嫌な顔をしていただろう。だからあんなことを言われて、結局お金はほんとうに少ししかもらえなかった。 「ぱぱ」と、できるだけ、てらうことを知らないような眼で言って、いっしょにご飯を食べて、その実涙が出てしまいそうだった。嘘の自分なら、侮蔑の言葉にも耐えられると思ったのに、その考えは甘くて、わたしのこころは決壊しそうで、そのときの薄暗い街のざわつきが嫌なのに、なんどもなんども反芻してしまう。わたしは死にたい。日曜の夜が、こんなに苦しい。 あしたが来なければいいのにと思って、わたしは電車を降りて、ホームを歩いた。死にたいって思うくせに、飛び込む勇気もないんだねって、わたしみたいなかたちをした声が聞こえた。 駅の改札を出て、家に向かって歩く。ほんのちょっと所持金が増えただけでわたしには何もない。(おかあさんに会いたくないなあ。)のどが痛んでじわじわと視界がぬれていく。結局愛を知ることはできなくて、わたしには何も無かった。つまらない人生。 音がしないように家の鍵を開けて、リビングに入る。そこにはだれもいなくてはじめて、おかあさんは今日は、夜の仕事だったんだって気づいた。 ダイニングのテーブルにはなにか置いてあって、見ると置き手紙だとわかった。ひらくと、「今回だけサービス!これからも学校がんばってね」と、それの隣には笑ううさぎの絵が不恰好に描かれてあって、千円札が三枚はさまっていた。
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