二枚目の便せん

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二枚目の便せん

 この店『cafe Rebecca』は、いわゆる「コンセプトカフェ」である。店員が使用人——メイドさんや執事さんを、お客さんがお嬢様や旦那様役を演じ、なりきりを楽しむための喫茶店である。 「お帰りなさいませ、サラお嬢様」  扉を開けてすぐ、美しい一礼と共に迎えてくれた執事さんは、大好きな彼だった。 「こんにちは、結城さん」 「お会いできて嬉しいです。お嬢様、お手をどうぞ」  今日のシャツとベストの組み合わせも、良く似合っている。差し伸べられた結城さんのてのひらに手を重ねて、私はにこりと笑う。微笑み返してくれた彼に手を引かれて、ソファー席に案内された。  大人っぽいメイドさんが持ってきてくれたメニューを一通り眺めて、注文を決める。 「ハウスティーをお願いします。それと、フォトを一枚。結城さんとツーショを」  結城さんの淹れるオリジナルブレンドの紅茶と、写真撮影。今日は、この組み合わせに決めた。  写真撮影は、コンセプトカフェ特有のメニューだ。店のカメラでお気に入りの方と撮影をし、大概の場合、手書きでメッセージを入れてくれる。思い出作りができるのはもちろん、自分のために時間を割いてくれるという特別感がたまらない。そしてなにより、指名したその人に還元があることが多い。  メイドさんが注文を通しに行くと、結城さんはカウンターの向こうから、私に黙礼してくれた。……素敵である。  アンティークな雰囲気の店内で、使用人さんたちのやりとりや他のお客さんの様子、控えめに流れる音楽を楽しむ。空気感に浸っていれば、紅茶が届くのはすぐだ。 「お待たせいたしました。ハウスティーをお持ちいたしました」  可愛いメイドさんは、私の目の前にティーカップを置くと、ポットから紅茶を注いでくれる。その丁寧な所作と紅茶の良い香りに、私の心は躍った。  ありがとうと告げて、メイドさんを見送る。メイド服の全円スカートがくるりと回り、ひるがえる姿はとても眼福だった。  しばらく紅茶を楽しんでいると、頃合いを見て結城さんがやってくる。 「結城さん。今日の紅茶も、とても美味しいです」 「ありがとうございます。フォトをお撮りしましょうか?」 「はい……! お願いいたします」  このときの私は、弛んだ頬を隠すのに必死だ。あんまり子供っぽく見られても、それはそれで恥ずかしい。  結城さんに手を引かれて、用意されたフォトスポットに向かう。案内されるまま、そこに置かれた一人掛けのソファーに座った。正面にはすでに、カメラを持ったメイドさんが控えてくれている。  ポージングをどうしようかとそばに立った彼を見上げる。だが、私が口を開く前に、わかっているよと目配せされた。 「失礼いたします、サラお嬢様」  それが当然のことのように、結城さんは私の頬に手をかけた。まるで恋人が相手であるかのように、優しい瞳を私に向ける。  キスを連想させるシチュエーション。形だけのものだとわかっていても、好みの方に迫られては、ときめきを覚えずにはいられなかった。 「ありがとう、ございます」 「こちらこそ」  撮影を終えても頬から熱が引かない私とは裏腹に、離れていった結城さんは静かに微笑を浮かべている。ただ、内心では結構、照れていることがあることも私は知っている。 「そういえば。先日参加されたお茶会は、いかがでしたか?」  席に戻りつつ、結城さんは私が話したことのある話題を振ってくれる。小さなことを覚えていてくれるから、とても嬉しい。 「飲み比べをやってきました。難しいところだと、種から育てた茶葉と接ぎ木した茶葉、とか。そういうのがあるなんて、初めて知りましたよ」 「ああ……それは、流石に。僕でも、わかるかどうか微妙なところです」 「ほんと、なんというか『沼』ですよね」 「とんでもないジャンルです。難儀な趣味だと思いますよ」  きちんと返事をしながらも、手は止めない。結城さんは、浮かび上がった写真にペンで書き込みをしていく。  日付とサインと、メッセージ。渡された写真には、こう書かれていた。 『素直なところ、とても可愛いですね』  心待ちにしていた、一行だけの手紙。  ストレートな誉め言葉に、恥ずかしさと嬉しさがごっちゃまぜになる。私は思わず、てのひらで口元を覆った。 「手慣れていらっしゃる……」  ほめる意味で、ぽつりとつぶやく。 「そんなことは、ありません」  見上げた結城さんは、ほんの少しだけ照れを隠せてはいなかった。
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