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比呂志はこの粋な中にも無骨さを感じさせる勧誘に妙に親近感が湧いたので我知らず顔を綻ばせ頷いてみると、道官さんも顔を綻ばせ比呂志の口元へ煙草をぐっと寄せて来た。
既に心を開いていた比呂志は、素直に煙草を銜えてみると、道官さんは作業着として履いていたジーパンのウォッチポケットからジッポーライターを取り出して手際良くそれで火をつけてくれた。
喜んで比呂志は一服してみると、道官さんは然も照れ臭そうに比呂志に手を差し伸べ握手を求めて来た。
実は道官さんは人に同情を寄せる事に照れを感じる程の羞恥心を持った繊細で高貴な人なので比呂志と働く様になって以来、どうやれば彼に恥ずかしい思いをさせずに歩み寄る事が出来るのかと思案していたのだが、遂にその時がやって来て旨く事が運んだので頗る嬉しくなるも照れてしまったのである。
「高貴な者は人に恥ずかしい思いをさせない様にする。亦、すべて苦しみ悩む者を見ると自分自身が羞恥を感じる様に努めなければいけない。」
これはニーチェのアフォリズムであるが、何故こう言うかと言えば、苦しみ悩む者を見ると、苦しみ悩む者に恥ずかしい思いをさせるからである。見るだけでもそうなのだから苦しみ悩む者にあからさまに同情すれば、苦しみ悩む者に羞恥の念を起こさせるのは素より苦しみ悩む者の誇りを過酷に傷つける事にもなり兼ねない。仍って高貴な者は苦しみ悩む者に同情したければ、自分自身が羞恥を感じる様に努めると共に苦しみ悩む者に羞恥の念を起こさせない為に同情している事を悟られないように然り気なくする事をニーチェは要請している訳だ。正に道官さんはその様にしたのである。
比呂志はこれ程、心の琴線に触れる親睦を求めて来る人に出会った事が無かったので至極感銘を受け、随喜の涙を流して道官さんと篤い握手を交わした。
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