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30歳にして、どいつもこいつも俗物だと比呂志は完全に諦観した。而も自身は脱俗を衒っているのだから人間関係が旨く行く筈がなく、これまで職を転々として来た。
31歳の時も派遣会社を鞍替えして或るカチオン電着塗装会社に移って働くことになった。そこで彼は高校入学以来、後にも先にも自分が友人と認める唯一の人と出会った。彼と同じ派遣会社に所属する男性社員の道官さんという日系ブラジル人であった。
職場を変わって間もない或る日の事、皆が私語を交え賑やかに仕事をする中、相変わらず鬱然とした気色で、時には苦虫を噛み潰した様な面持ちで独り黙々と仕事をする比呂志に一目を置くも不憫なものを感じていた道官さんは、何も言わず笑いもせず実に重々しく比呂志に歩み寄って来て煙草を箱から摘まみ出すと、一服する真似をしてから手首を返して吸い口を比呂志に向け、その儘、比呂志の目の前に差し出して、「吸うか?」という風に目配せして見せた。
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