恋をしたのは

1/1
前へ
/1ページ
次へ
初めてお互いを見たのは、市街地から車で一時間ほど行った山と川が流れる、一言で言えば田舎の夏祭りーーー。 小さな村の夏祭りは、地元の若い男の子達が青年団として盛り上げていた。 綿菓子、かき氷、くじ引き。 それぞれに青年団の男の子達が居て、子ども達を喜ばせていて、青年の笑顔と子どもの笑顔が、周りの大人たちを和ませていた。 「今日、かき氷の所にイケメンが一人いただろ?アイツが俺の事、慕ってくれてるコウタ!前に話した事あったろ?」 「居たね、一人だけイケメンが。」 3歳になる息子を連れて、旦那の実家に帰省する夏休み。 布団に入り子どもの寝顔を見ながら、荷物を片付ける私の背中に声をかけてきた。 「去年いたっけ?」 頭からコウタの瞳が離れない。 私を見たあと、旦那の顔を見て目を伏せたコウタはすぐに笑顔に変えた。 そして、もう二度と私と目が合う事はなかった。 「今年から出てる。去年までは仕事が遠くて来れなかったんだよ!」 「いくつ?」 「23って言ってたかな?」 「若いね〜!」 もう会う事はない。 布団に入ると、旦那が隣に入ってきた。 「ちょっと!実家だよ?」 「平気だって!部屋離れてるから!声抑えて…!」 旦那の事は好き。 だけど、段々と家族愛へ変わっていくのを感じてる。 旦那に抱かれながら、目を閉じるとコウタが浮かんだ。 「夏祭りで、みんながナオの事見てた。俺の自慢…」 特別美人でもなんでもない私の容姿。 ただ、人より少し背が高いだけで褒められる。 ーーーーーーーーーーーー モデルみたいな雰囲気だと思って、瞳を見た。 息が止まって、周りの声が聞こえなくなったのは一瞬で、隣に立つタカシ君に気づいた。 あ、タカシ君の奥さんなんだ…。 そりゃこんな田舎にこんな人が一人で来ないか。 もう見ない。 見るたび、時間が止まりそうだから。 タカシ君が、片付けを手伝いに来てくれた。 「嫁もコウタの事、イケメンだって認めてたぜ?」 屋台の片付けをしながら聞いたタカシ君の言葉に少し動揺した。 「マジっすか?でも、タカシ君の奥さん、モデルみたいっすね!」 あ、ヤバい。 変に思われるーーー!? 「そぅか〜?背が高いだけだろ?」 そう言ったけど、タカシ君は得意げだった。 もう会う事はないだろう…。 ーーーーーーーーーーーー どんなに無理だと思っても、期待してしまう。 今日は会えるんじゃないかと…。 夏祭りの日は、少しだけ丁寧にメイクをする。 そして見つけたら、目が合いそうになるまで見てしまう。 今年も見れた。 去年より髪が短くなって、たくましくなった気がする。 今年もかき氷。 子どもと旦那が並んで、コウタと話してる。 コウタの視界に入る場所に立って、子どもを見守るフリをして、コウタを見てる。 ーーーーーーーーーーーー 今年も見れた。 去年より、髪が伸びてまた綺麗になった。 子どもと話してる笑顔を見ていると目が合いそうになって、慌てて下を向く…。 長い髪を耳にかけて、細い指に結婚指輪。 もっと早く会えてたら、隣に立つことが出来たかも知れない。 一度でいいから、手を伸ばせば触れる距離に立ってみたい。 ーーーーーーーーーーーー 「コウタ兄ちゃん!」 子どもがコウタに駆け寄るから、思わず追いかけた。 旦那は同級生と懐かしい話に花が咲いて、私と息子がコウタに駆け寄った事に気付かない。 「あ!シュン!一年ぶりだなぁ!」 息子の頭をくしゃくしゃと撫でた手に、少し羨ましいと思った。 「こんばんは。毎年シュンと遊んでくれて、ありがとう。」 「いえ…、全然…」 あの日、初めて会った日から5年が過ぎてコウタはすっかり大人びた青年になっていた。 相変わらず、私と目を合わせないーーー。 「コウタ君、いくつになったの?」 子どもがコウタの足に抱きついて見上げ、楽しそうに笑ってる。 コウタも笑ってる。 「あ、28です。…もうすぐ29…」 「私と10も違うのね…。コウタ君から見たら、私なんてオバさんね。」 自分で自分を傷つけて胸が痛いと思った時、何かが破裂する音がして、シュンを抱き寄せようとした。 だけど、コウタに腕を掴まれた。 ーーーーーーーーーーーー シュンの後ろから、駆け寄って来るのが見えて心臓が早くなった。 声を掛けてくれたのに、顔を上げれず愛想のない返事をしてしまった。 歳を答えて、初めてこの人の歳も知った。 一つこの人の事が知れて嬉しかった。 オバさんなんて思った事ない。 むしろ…、出来るなら抱きしめてみたい。 五年前、初めて見た時から変わらない。 この人も、俺の心も。 今、手を伸ばせば触れられる…。 強い光とドーーーーンッと音がして、思わずこの人の腕を掴んだ。 ーーーーーーーーーーーー 離れた所でガスが爆発した。 周りが騒ついて、色んな声が聞こえた。 私と子どもの名前を呼びながら、旦那が走って来るのが見えた。 その声に気づいて、コウタの腕が離れた。 離れる瞬間、一瞬引き寄せられてコウタを見上げると目が合った。 コウタの匂いがして、耳元でコウタが囁いた。 「幸せになって下さい。」 ーーーーーーーーーーーー 何にも話すつもりなんてなかった。 記憶に残せば、想いが募る。 いくら想っても、絶対にダメな人だから。 掴んだ腕が細くて、引き寄せたらすぐにこの人の香りがした。 髪が乱れて、目が合った。 話した事もないのに、なぜこんなに俺の中に入り込めたのか…。 これ以上、近くにいれない。 この人は、タカシ君と結婚しているんだ。 俺なんかが、入り込むなんて出来ない。 もう最後にしよう。 誰にも気付かれないよう耳元で伝えた。 ーーーーーーーーーーーー コウタの目が切なく私を見てた。 思わず、コウタのTシャツの裾を掴んで気持ちを伝えた。 でも、それでお終い。 私とコウタに未来はない。 コウタは旦那の後輩で、10も年下。 年に一度だけ、恋をしただけ。 もう会わなければ恋もしない。 掴まれた腕を離す瞬間。 コウタの手を握った。 「コウタも…」 ーーーーーーーーーーーー ガスの爆発事故は、新聞に取り上げられ、来年以降の開催は中止となった。 幸い離れた所にあった小さいガスボンベだった事もありケガ人はいなかった。 コウタとは、あれ以来会わなくなった。 旦那から転勤になったと聞いた。 いっ時の気の迷いーーー。 それでも、気の迷いでも、私はコウタに恋をしていた。 ーーーーーーーーーーーー あの夏祭りのあと、転勤話が出た。 もう29になるし、あの日出会ったあの人を遠ざけるには丁度良かった。 「幸せになって下さい」と言ったら、「コウタも…」と、言ってくれた。 "君"が無かった。 俺のシャツの裾がギュッと引っ張られたのを感じた。 あの人も同じ気持ちだったと思いたい。 年に一度、お互いに恋をしていたとーーーー。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加