H点下の奸計

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 予想していたパターンはいくつかあった。  その① なるくんが諦めて見るのをやめる。  その② 辛抱できなくなったなるくんが何か言ってくる。  その③ そもそも僕のことが好きというのが勘違い。  だけれど、順風満帆で平々凡々だった僕の人生に初めてのスパイスをもたらしてくれたなるくんは、僕の想像をはるかに超えたことをしてくれた。つまり、一人暮らしの僕のアパートの前で張り込みをし、バイト終わりの僕を待ち伏せ、ドアを開けると同時に背後から押し込み、今現在僕んちの玄関で仰向けになった僕にまたがって僕の首を絞めている。伸びすぎた前髪の下で細い目を泣きそうに歪ませて唇を噛み締めながら。 「羽田くんが、羽田くんが悪いんだよ……っ」  背ばっかり高くてひょろひょろだと思っていたなるくんの体でも、こうして馬乗りになられると全く跳ね除けることができない。苦しい。息が全くできないほどの強さじゃないけれど、苦しいものは苦しい。ただでさえ小柄な僕は余計に身を小さくして、なるくんの手首を力なく掴むことしかできない。 「羽田くんがそんなに可愛いのがいけないんだ、そうじゃなきゃ俺は、きみなんて、そうじゃなければ」  こんなときでもなるくんはぼそぼそ喋るから、酸欠でぼうっとする頭には半分くらいしか入ってこない。けれど大抵が意味のない言葉ばかりだったから多分あまり問題はない。それよりも。とりあえず手を弛めてくれないかな。死なないとは思うけれど、とにかく苦しい。 「くそ。くそ、むかつくなあ、むかつくよ……羽田くんと仲いいやつら全員ころしたい、くそぉ……苦しんでる羽田くんもかわいいなあ」  ニタリ、と。なるくんの口角が笑みの形を作るのを、僕ははじめて見た。まるで変質的で倒錯的で自己陶酔と理不尽に飾られたその笑みに僕は、背筋といい首筋といい二の腕といい、敏感な皮膚という皮膚に鳥肌がたつのを感じていた。  引きはがそうとなるくんの手首を掴んでいた手をどうにか持ち上げて、彼の頬を両手で挟み込む。驚いたなるくんの力が緩み、一気に酸素が喉に流れ込んでくる。僕は激しくむせた。むせすぎて吐きそうだった。  一通り咳をして、ガラガラの声と涙のにじんだ目で、正面にあるなるくんの不器用な笑みに語り掛ける。今だ。今なら聞ける。今しか聞けない。 「なるくん、僕のこと、好き、なの……?」  ぐしゃ、と。なるくんの笑みが歪む。なんでそんな泣きそうな顔をしているの。いきなり上に乗られて首を絞められた僕のほうが泣きたいのに。 「す……すき、だよ。羽田くんがすき。だって羽田くんだって、俺のこと、すきって言ってくれたじゃない、あんなの言われたのはじめてで、なのに、全然俺のこと見てくれないから」  僕が? なるくんに? ぼんやりする頭の中を探ってみるが記憶にない。でも、誰に対してでも割とよく言ってるから、多分おんなじノリで言ったのだと思う。それを真に受けちゃったの? かわいいね、なるくん。 「は、羽田くんが悪いんだよ……おれ、俺をこんなにして、こんな風にしてっ」  ぐ、と再び手に力が込められる。  ねえこんな方法でなるくんは本当にいいの。掴んだなるくんの顔を引き寄せる。頬を挟んでいた手の片方を後頭部にまわし、限界まで下げさせたら自分の顎を持ち上げて、どうにか一瞬なるくんの唇に触れた。僕の唇、で。
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