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動き出す
「新線の敷設ですか?」
「ああ」
会社に呼び出されたと思えば、突然この話だ。
「宅地開発に伴って、敷くべきだろうという話だ」
「……それで、私は一体何を……」
報告なら、全員を集めてすればいい。まだ完全に決定している訳ではないというが、恐らく確定事項だろう。
「君に意見を聞きたくてね」
その意図が、読めない。昔と違い、私たちは会社に深く関わらなくなった。
今更、私などの言葉が何になろう。
「私は、会社の意志に従います」
そう言うと、社長はほのかに苦笑いを浮かべた。
「そうだね。それは君の自由だ」
「……」
「とりあえず計画を伝えておくよ」
机の上に置いてある書類を、私に渡す。
「……高尾線」
心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
昔、武蔵がそういう名前だった。
「高尾山口駅から、中央線の乗り入れる高尾駅などを通して──」
書かれていた内容に、思わず目を見開いた。
「山田から北野まで繋ぐ予定だ」
紙をめくった手が震えていた。
「こ、れ……って」
頬を熱いものが伝っていく。それは込み上げる喜びによるものだった。
「そう」
ずっと気がかりだったこと。
「御陵線の廃線跡を、高尾線として復活させるんだ」
口元を抑えても、嗚咽が漏れ出る。
「結構、いい案だと思うんだけど。君はどう思う?」
「わ、わたしもっ……」
これで、あの子はちゃんと生きていられる。
「素敵だと、思います……!」
社長の顔は穏やかで、静かに微笑んでいた。
「ただいま」
「あ、姉さんおかえ……」
出迎えに来た御陵を抱きしめた。
「──、──!?──!」
力を込めすぎたのか、じたばたされる。
「あっ……ごめん」
慌てて力を弛める。
「ぷはぁー、もー姉さんったらどうしたのー」
困惑しながらも、抱きつき返してくれる。
「……姉さん、どうして泣いてるの?」
留めきれない大粒の涙が、ぽろぽろと溢れていった。
「嬉しくて……本当に、嬉しくて……!」
「そっか。いい事があったんだね」
優しい声音は、どちらが姉なんだかわからなくさせる。
腕を解き、涙を拭う。
「御陵」
「うん?」
「御陵の新しい名前が決まったんだ」
昔から変わらないが、どうも直せないでいる、遠回しな言い方。
「新しい、名前?」
「ああ。……高尾線」
「たかお」
「区間は北野から高尾山口。山田から先は新しい駅だ」
「……ほんと?」
「本当だ。約束してきた」
御陵は顔をぱぁっと明るくする。
「やったー!私、いっぱい姉さんの役に立つからね!」
今度は、御陵の方から飛びついてくる。
「えへへ、楽しみだなー」
「そうだな」
もうきっと、心配しなくていい。これから御陵は高尾として、ずっと私のそばにいてくれるはずだから……。
「高尾線ってさあ、もしかしてあなたが頼んだの?」
小鳥が囀る高尾の山道。
誰もいない場所に問いかけた。
「さあね」
どこから答えが返ってくる。
「幽霊の僕にそんなことが出来ると思うかい?」
ま、偶然だよね。どっちでもいいや。
「約束は忘れてないよ」
あなたが私に託した道、何があっても必ず歩み続けるから。
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