「お前は二人分食べないと。」って、夫が私に言うんです。

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 悪阻、と書いて、「つわり」と読む。  その悪阻には種類がいろいろ有るということを、自分が妊娠するまで、知らなかった。  食べられない。  食べ過ぎる。  特定の物が食べたくなる、特定のものが食べられなくなる、みたいな「食べる系」。  中には、食べてはいけないものがどうしても食べたくなる……っていう、恐ろしいのもあるらしい。  匂いが好き、嫌い。  その匂いをずっと嗅いでないと、気持ち悪くなる。  これは、匂い系。  お腹がいっぱいになると具合が悪くなる、空くと気持ちが悪くなる。  いつも口に何か入ってないと気持ち悪くなる。  氷が食べたい、熱い物が飲みたい、みたいな、物理系。  ……今の私は、時限爆弾系だった。 「千都(ちづ)ちゃん、大丈夫?」 「あ、はい。平気です、平気」 「千都香さん、無理なさらないで下さいね」 「大丈夫ですってばー」  現在の職場?の一つであるこのお家の女主人の清子さんと、お手伝いさん兼お友達である麻さんに、心配される。  清子さんと麻さんは、アラウンド喜寿な人生の先輩方だ。お二人でするには難しくなり始めた家事も有るからと、時々家の中の細々(こまごま)したことのお手伝いに、通っている。最初は遊びがてら来ていたんだけど、「頼み事がしやすいから、仕事として来てちょうだい!」とお願いされたので、有り難くそうさせて貰っている。 「朝は、大丈夫なんです!活動出来る間に、ばりばり働かなくちゃです」 「有り難いけど、心配だわあ」 「私達二人とも、経験が有りませんものね」  清子さんは、亡くなったご主人との間にお子さんは居ない。麻さんはずっと独身。 「じゃあ、三人とも、初めてですね!」  そう言うとお二人はほわーっと笑った。 「楽しみねえ、赤ちゃん」 「千都香さんに似て欲しいですね」 「私は、どっち似でも良いです。」  麻さんの言葉に、清子さんは吹き出して頷いて、私は澄まして反論をした。 「だって、生まれた時から強面(こわもて)の赤ちゃんなんて、居ませんもの」 「それもそうね!」  ──噂されて、くしゃみでもしてるかな。  三人でけらけら笑いながら、ちらっと思った。
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