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夏休みは終わった。
あれから、あの人はここには来ていない。
明けた朝、俺のスマホに押し寄せていた親や友達、先生からの着信を目の当たりにして俺に平謝りしたあの人を見たから、それは薄々分かっていた。
俺は、誰にもあの人のことは言わなかった。
きっとこれからも、言うことはない。
そうでなければ、あの人が不憫だ。
きっとあの人は、俺にしか身体を預けられなかったのだろうから。
親も友人も教師も、二学期が慌ただしく始まって少し経てば、そんなことは話に出さなくなった。
時々、自分でも不安になるのだ。
あの夜は、あの夏の日々は、本当に幻だったんじゃないか、と。
あの時間の河川敷で俺は一人、川面を眺めていた。かなり日が傾くのが早くなった。この時間でも、辺りはもう薄暗い。
俺はポケットから一本の煙草を取り出した。
あの朝、奈未さんの煙草の箱から、こっそりくすねたものだ。
さっき買った100円ライターで、火を付ける。恐る恐る、息を吸い込む。むせた。少し、めまいがした。
それでも、この香りと立ち上る紫煙は、二人だけしか知らないあの日々が確かにあったことを、俺に教えてくれた。
奈未さん、俺は、貴方を守れたのだろうか。
奈未さん、俺は、大人になれていますか?
川面を背にして揺らめく紫煙は、儚く、消えていった。
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